第27話 共和国にて case-7
セイフォンの秘策とは、仮面のことであったらしい。
彼女は今こちらにむけて手を振っている。
セイフォンは奴隷商人の計らいで剣闘士となったが、彼女なりに正体を隠すために色々考えたようだ。
今日はそんな彼女の初試合だが、パプリカは仕事の合間に彼女の戦いを見に来ていた。
女性の剣闘士は珍しい。しかも、クラスが上がってくればくるほど女性や子供の姿は見られなくなり、代わりに戦いを生業とする大男たちがしのぎを削っているのが現状である。
セイフォンはすでに3回試合をしている。例の大会に参加するためには何度か試合に勝利しておく必要があるからだ。
最初は観客もセイフォンのような女性に戦いが務まるのかとハラハラしていたようだが、心配は喜びに、嘲は期待に彼らの中で変わりつつあるようだ。
天井部分が吹き抜けの闘技場は、天候の影響をもろにうける。
今朝多少降っていた雨も午後には快晴になった。
「似合ってない。」
パプリカは素直にそう思った。
彼女の長い黒髪と三日月のように美しい横顔、どこか黒曜石めいた瞳と切長の睫毛、薄く紅の刺した唇の半分は彼女がどこかで拵えてきた銀製の品の悪い貴族がつけるような仮面にて覆われてしまっていた。
そんな感想とは裏腹にセイフォンは戦って勝つたびに喜び、こちらに手を降ってくる。
その姿は川岸できれいな小石を探している子供がそれを見つけて、笑いかけてくるような様子をしていた。
「新入り。」
一人の男が鎖と鉄球がついた武器を手にセイフォンと対峙する。本日4人目の相手のようだ。
「新入りとはそれがしのことでござるか?」
セイフォンはどんな相手でも調子を変えずに対応している。
「派手にやってくれてるみたいじゃねえか。」
男は不機嫌そうにそういった。
彼女は男の様子を見抜くと挑発するように言う。
「手応えがなくて困っていたでござるよ。」
男はそれを聞くとすぐに戦いの姿勢を取った。
「皆、女が相手なもんだからあっちの方が興奮してうまく戦えなかったと見えるな。」
彼は必要以上にでかい声でそういうと、聴衆の方にも賛同するものがあるようである。
「その澄ました女に早く闘技場の洗礼をしてやってよ。」
聴衆の中にアンチセイフォンもいるようだ。
「勘違いしちゃいけねえよな。」
セイフォンは短時間で目立ちすぎたのか彼女の活躍に否定的な声もそれなりにあった。
そんな応酬からまもなく、審判の合図で戦いは始まった。どんなに野蛮とはいえ国家が運営する遊戯である。その点はしっかりしている。
彼女と男の勝負は男の攻撃から始まった。
誰かの血肉が染み込んだ鎖を大きく振り回して、先端のハンマーのようなものでセイフォンを叩きつける。
難なく躱すセイフォン。彼女は間合いを詰めようととするが、自在に操られる鎖が邪魔で男は一定の距離を保ち続けている。
彼女はとりあえず今のところどの戦いでも奇跡を使っていない。
彼女自身、奇跡を使わずにどこまで戦えるのかを楽しんでいる節があり、先ほどから相手の攻撃に対しても隙をついた一撃にて至って初歩的な技で打ち負かしているのである。
「おいおい、避けてばかりじゃブーイングを喰らうぜ。」
男は骨の髄まで剣闘士になりきっているらしかった。彼の攻撃は縦横無尽に彼女を追い、セイフォンもまた、その技の速さと質量に対して対策を考えているらしかった。
「俺はこのモーニングスターで一番下の階級からなりあがって来た。お前みたいなコネやろうはここで成敗してやらねえと気がすまねえんだよ。」
彼には彼のドラマがあるらしい。あまり気にならないが。
「勝負の最中に言葉が多いでござるな。」
セイフォンは基本的に攻撃を受け流してばかりいたが、徐々に攻撃の軌道を見切り始めているらしかった。
彼女はそういうと仕掛けた。
体を小さくかがめて、前傾姿勢になり、右足を前にして、刀に手をかけて深く沈み込むような体制を取っている。彼女の技は早い。先ほどから仕事の合間に眺めていたが、相手を倒す時の彼女の技は奇跡を使わなくても常人離れしている。
男の方が焦り、大きく鎖を唸らせて彼女に向けてその突き出たハンマー上の塊をぶつけようとした瞬間であった。
セイフォンはその技を最小限の動きで体の左側に躱すとその鎖の上を走るようにして、男との間合いを詰めた。まるで曲芸のような状態である。
「すごい身体能力ね。」
いつ間にやら隣に居た。グルファトも関心しているようだ。
セイフォンは、彼女にとって男を倒すための最も効率的な動きを皮肉にも男の鎖の軌道によって教えられているような錯覚を見るものが覚えるような動きをした。
彼女は鎖の上を走って男との間合いを詰めると男が懐から取り出した短剣の一振りを体のひねりで躱し、自身の持つ刀を鞘ごと抜き放って男の首元に突き付けた。
おそらく彼女がその気であれば、彼の体は上半身の左下側から逆袈裟斬りにされていたであろう。
審判がその一部始終を見守り、セイフォンの勝利の合図を出した。
男はかなり不服そうにしながらもその場から立ち退いていく。観客の連中はと言えば、一瞬の技の素早さに呆気に取られていたが、男が去っていくのを見て我を思い出したように歓喜する。
セイフォンはまた、こちらを見て手を振っている。
「本当にあなたが好きなのね。」
グルファトは訳知り顔でパプリカをおちょくった。仮面の効果は薄いようだ。
「夕飯の支度があるから、戻りましょう。」
パプリカはあまり大きな反応を示さずに自身の仕事に戻っていった。
「パプちゃん。冷たい。そこがいい。」
グルファトはパプリカの対応にグダグダと何かを言ってる。
パプリカは順調に闘技場の造りと警備人員の配置についての情報を手に入れつつある。
「暑くるしい。」
パプリカは会場の熱気に当てられたのか少し頬を赤くしていた。
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