第17話 グナーダにて case-17

ターリクは絶望していた。



勇者サーディンが来たときたということは、コードバが落ちた。もしくは壊滅的な状況であることを意味している。



彼は周りにいた兵士を蹴散らすと、砦の一番高いところに昇り、大きく遠吠えをした。



退却の合図である。勇者がきた以上、これ以上は徒らに同胞が死ぬだけである。清く退却することにしたのである。




しかしながら、その合図も無意味であったことを知ることになる。




勇者によって回復したエリヤの奇跡が彼らに炸裂した。



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エリヤは勇者の奇跡によって、力を取り戻すと祈りを捧げる。



そして、その力は光り輝くように集中した。



「こうしていると思い出す。そなたと初めて敵を倒した日のことをな。」

エリヤは勇者に支えられながらいった。



「僕も昨日のことのように覚えているよ。」

サーディンは応えた。



「次の一撃で全てを終わらせよう。」

エリヤはさらに集中した。



「僕も力を貸すよ。」

サーディンも共に詠唱をする。



彼らの力は明け方の太陽と共鳴して、辺り一面を燦々と照らす。



エリヤは十分に力を貯めてから槍を振りかざした。

「ジャッジメント・レイ」



エリヤの技は敵だけを灼いた。砦を襲ってきた魔族の殆どを消し炭にしたのである。


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ターリクは遠吠えを行った際に南側に光が集中するのを見ていた。



そして、また大技がくるということを察知して、防壁を飛び降り、森の中に入り、滝の中に身を隠したのである。



それでもエリヤの奇跡は彼に迫ったが、すんでのところで回避することができた。



ターリクは自分たちの完全な敗北を知った。長い時間をかけて侵略を繰り返して奪った土地もその殆どを勇者サーディンに奪還され、ついには最後の都市、コードバまでもが敵の手に落ち、自身が指揮したこの戦いでも敗れた。



あの技を喰らって生きている同胞はいないだろう。



ターリクは身を隠し、魔が支配する大陸に戻り再度機会を窺おうと思った。



幸にして、魔族は寿命が長い。勇者やエリヤがいかに強大な力を持っていても、時間が解決するであろうと思った。それに、久々に生まれ故郷に帰りたいとも感じる。彼は疲れていた。



最後の力を振り絞って変身をする。彼はこうなってもいいように怪しまれない格好を用意していたのである。



ターリクは恐る恐る水から浮上すると辺りはまだ森の木々の力を借りて闇の時間を守っている。

この闇に乗じて姿を消すことにする。



ターリクが急ぎ、森の更に深い場所に入ろうとすると、声をかけるものがいた。



「流石の逃げ足ね。」

一人の少女が居た。手には大きな杖のようなものを持っており、こちらには憐憫の表情を向けている。



「なんでしょうか?私は戦いが怖くて逃げ出してきたのですが」

ターリクは変身した姿で白々しく言った。



「私にはその変身は効かない。ターリク。」

パプリカはその姿を睨みつける。



ターリクは変身した姿のまま戸惑いの表情を見せるが、意を決したように言った。

「お前は料理番のパプリカじゃないか。」



ターリクは敵が取るに足らないものであることを知り、安堵している。この小娘一人であれば手負いの自分でも捻り潰せるであろう。




「あなたにはここで死んでもらいたいのだけど、お願いできるかしら?」

少女は妙なことを言う。



「パプリカよ。私が化けている間、甲斐甲斐しく世話になった。余計なことしないのであれば、見逃してやるから去れ。」

ターリクはもちろん見逃す気など毛頭なかったが、彼女の持つ不穏な雰囲気に少し弱気になっていた。



「私は見逃すつもりなどないわ。」

彼女は杖のようなものをターリクに向ける。そうすると杖はさらに細くなり筒状のような形になる。



「そうか。お前はあの兎耳の仲間だな。」

ターリクは一人で合点がいったような反応をみせる。



「奇妙な筒を持っているが、貴様では俺の相手にはならん。


エリヤから受けた傷は大きいがみくびってもらっては困る。」


ターリクは落ち着いた様子で言う。



「お前たちは、俺たちのように崇高な目的を持っているわけでもなければ、勇者やエリヤのように己の信念を持っているわけでもない。



この我の姿もいわばお前たちが招いたもの。なんの為にかは分からぬが戦闘員でもない同胞を殺めるなどいわばクズだ。



それもそのはず、兎や猫といった弱小の獣人は人間の中でも魔族の中でも差別される。



どれ、我の配下になれば雑用くらいには使ってやるぞ。砦の中のようにな。」

ターリクはパプリカを格下とみなして、戦いの鬱憤を晴らすように捲し立てる。



「その筒で何かを発射するつもりなのかもしれんが、お前の攻撃が我に届く前にお前をこの爪で八つ裂きにする。手負いでもいいからせめて兎の方を遣わすべきだったな。」

ターリクはパプリカを蔑むように言った。



パプリカはターリクに怒っている。感情の殆どを制御しきっている彼女だが、ターリクが化けた姿が許せなかった。



彼女は筒をターリクの方に向けたまま訪ねた。

「一つ聞くが、その姿はどこで手に入れた?」



ターリクは自分の体を見てから応える。

「そんなことか。墓を荒らしたまでよ。お前たちがまずい料理ばっかり持ってくるから久々にご馳走だったぜ。そういえば、お前も美味そうだな。」



パプリカはそれを聞くと深呼吸をした。

「そうか。因果なモノだな。アルビー、貴方は私たちに二度殺される。」

彼女はアルビーの姿を思い浮かべた。



「最後の言葉はそれでいいか?」

ターリクは腕だけ変身を解いて、今にもこちらに襲いかかってきそうだ。



パプリカはターリクに狙いを定める。



ターリクは飛んだ。彼、否アルビーの姿が月に被った時パプリカは”魔法”を発動した。



「ラサーサ。それが私の本当の名前だよ。」

勝負は一撃だった。パプリカの放った弾丸がターリクの心臓を貫き、彼が着地する頃には完全に絶命していたのである。



アルビーの姿は徐々にターリクに戻ってゆく。



彼女は辺りが明るくなっていくのを見た。パプリカは、ターリクの死骸に火をつけると自身の着ていたものをすべて引きちぎって川に捨てたのである。

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