第16話 グナーダにて case-16

エリヤは、南の防壁を背にして戦っていた。



彼女の周りに残る兵士たちの数ももはや20を切っている。




対する魔族は、まだ100ほど、状況は完全に劣勢にある。東側の防壁も退却の鐘がなり、防壁が落ちたことを意味している。



かれらは残る中央の防壁を死守するために戦うことになるだろう。



「魔族の将、ターリク、まさかこれほどまでの知恵があるとはな。」

彼女はこの状況の中でも溌剌としている。




そして、己の命を代償にこの場にいる全ての魔族を焼き払うことにした。判断は一瞬だった。



奇跡を使用してもすぐに力尽きることはあるまいが、相手にとっては大きなハッタリになるだろう。



そのまま中央に立てこもって、勇者の到着まで持ち堪えれば自分の役目は果たされる。



最後に彼女が夢に見たのは、勇者サーディンとの思い出の日々である。彼女は幼少期から彼と過ごし、そしてどの戦場でも共に戦い、いずれは将来を誓い合うと信じていたのだ。




それは先祖の土地を奪い返すためではなく、また同胞を数多く死に至らしめた憎き魔族のへの復讐でもなく、名誉に目がくらんだ暗い欲望でもない。




彼女にとっては、故郷の地で勇者サーディンと共に生きていくことこそが、最大の願いであり幸福であった。


「すまない。」

彼女はそう呟くと周りの兵士たちに祈りのための時間を稼ぐように伝える。



兵士たちも彼女の覚悟を尊重して、さらに気を引き締めた。



皆がエリヤの祈りに集中しようとした時である。



南の防壁がある場所から少し遠くの丘より、大きな足音が聞こえる。そしてそれは次第に大きくなっていく。



姿が見えるまではどうにもつかない。敵か味方か、エリヤたちだけでなく魔族もそちらに目をやった。



丘から我先にと向かってくるのは友軍であった。



「サーディン。」

エリヤは感慨深げにささやく。その安堵は天にも昇るような気持ちであっただろう。



勇者は南と東の防壁が見渡せる丘の上に布陣した。500ほどの兵をつれてきた。



自身とそれだけの兵がいればそれで十分だと考えているからである。勇者サーディンはつい先ほどまでコードバの戦いに従事していたのである。



砦襲撃の知らせとターリクの存在を聞き、一睡もせずにこの砦まで一直線に駆けてきた。彼の奇跡によって、その行軍が可能になったのである。



彼は落とされたばかりの東側の防壁に400の兵を投入し、敵の掃討を命じた。



そして、エリヤのいる南側には己を含めた100の兵で突入をしかけた。



勇者の登場を予測していなかった魔族は、総崩れになった。元々そんな数は多くなかった上、エリヤによる大規模な攻撃で大きく数を減らしている。



砦の西側に隠れていたモノたちを含めても500に満たない数しか残っていなかったはずである。



兵士サーディンはかつて、自分の5倍もの戦力を平野で相手取り殲滅したことがある。

それほどに彼の”奇跡”は強力なのである。




勇者サーディンの登場で砦に残り防御を続けていた兵士たちも士気を取り戻す。



そんな彼らに勇者はさらに奇跡を行使した。

「勇猛なる彼らに天の慈悲と僅かばかりの力を与えん。」


彼が奇跡を行使するとエリヤを筆頭に兵士たちは息を吹き返したように戦いを再開した。



「すまない。遅くなった。」

勇者サーディンは、すらりとした体型で髪は黒く、目は金色だった。彼は最初にエリヤに声をかける。



パプリカは遠目にその様子を見ていたが、特筆して強そうな印象は受けなかった。



エリヤは安堵した様子を隠そうともしない。

「サーディン、今回ばかりはダメかと思った。」



エリヤは彼に寄りかかる。

「少し奇跡を使いすぎてしまったようだ。」



勇者はエリヤを抱き抱えると告げる。

「君が無事でよかった。」



エリヤはそれ以上なにもいわなかった。



勇者は続ける。

「コードバでの戦いも趨勢はほとんど決まった。おそらく近日中には完全に落とし切れるだろう。」



「戦いを中断してきたのか。」

エリヤは負い目を感じているようだ。



「なに、敵の主力は皆片付けたさ。」

サーディンは爽やかに続けた。



「最後の仕事がある。頼めるかな。」

サーディンはエリヤの手を取るとしっかりと立たせる。



「もちろんだとも」

エリヤは応えた。



「ありがとう。」

そう告げるとサーディンは砦全体を包み込むような大規模な”奇跡”を展開した。



「これで十分かな?」

サーディンはエリヤに問いかける。



「ああ、力がみなぎってくるよ。」

エリヤは気持ちよさそうにこたえた。



その奇跡はパプリカにさえ届いていた。



隣にいたキンジャルにもである。



「なんだよ。これ反則じゃん。」

キンジャルは勇者の奇跡の感触を確かめるようにいった。



「でも、これで十分だわ。」



「そうね。」



「では手筈通りに」



「うん。本当に後は任せて良いのね?」



「私たちは目立ちすぎたわ。」



「それじゃ先に失礼するわよ。腕だけじゃなくて、肋骨も逝ってる。」



「せいぜいお大事に」

パプリカがそう告げるとあたりに気配はなくなった。勇者のおかげで少し楽に姿を消せたようである。



そうこうしていると次に東側でも歓声があがる。兵士側が魔族をおしているようだ。



パプリカは呟いた。

「そろそろお仕事の時間ね。」

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