第12話 グナーダにて case-12
エリヤの技をパプリカは、一部始終見ていた。いや、砦にいる人間全てがエリヤの動向を見守っていると言って正しかった。
パプリカは、夜が更けて頂点にまで達した満月が、彼女の奇跡によって一瞬かき消されるのを見た。
魔族の多くにダメージを与えたようで、相手方の攻撃は一時のような激しさはない。
皆の心の中に、その晩も守り通せるのではないかといった安堵と自身が芽吹いていた。
パプリカは、砦の中を注意深く観察する。大体において、このような油断した状況の時に、相手の真の思惑が発揮されるのを知っていたからである。
そしてその推測は見事的中した。
闇の中を一部の集団が味方の目を潜り抜けて移動するのが視えた。これは、パプリカ自身の特殊な目の構造による種族的なアドバンテージがなければ見逃していたかもしれない。
そしてそれは、彼女の暗殺者としての実力に大きく寄与している。
「キンジャル、そろそろ戻ってきた?」
パプリカは一人持ち場を離れて、闇の中で呟く。
「うん。」
キンジャルは両手の鎌状の短剣をたっぷりと血に染めて戻ってきた。
「それにしても、私が遊撃にでていること忘れてない?」
キンジャルは不服そうに言う。
「残念ね。もう少しで兎の丸焼きが食卓に並べられたのに。」
パプリカは返す。
「何。文句がいいたいだけなら去るわよ。」
「待って。見つけたの。」
パプリカは、戦いに戻ろうとするキンジャルに伝える。
「ターリクを?」
「そう。そしてその仲間も。」
「ふーん。団体さんなんだ。」
「あいつらは、南側に向かってる。東側は囮。」
「しかし、その対応をする余裕はこの砦にはなさそうね。」
キンジャルは辺りを一望する。
「南側の防壁が何かしらの方法で突破されてしまったら、この砦はもたないでしょうね。」
パプリカは冷静に分析する。
「エリヤの大技によって、味方に大きな被害があることも、その後にダウン時間があることも折り込み済みってわけね。
この国の人間はあいつらが野蛮人だって認識を改めた方がいいんじゃない?」
キンジャルは悪びれた様子。
「この砦を守るかどうか。それが問題だってこと。」
パプリカは目を細める。
「どちらに転んでも私たちが無事なら任務は完了できるわ。」
キンジャルはパプリカに判断を委ねるようだ。
「それじゃこうしましょう。」
パプリカはキンジャルに行動方針を伝える。
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ターリクは、機嫌がよかった。人間共はまんまと騙されているし、それなりに有用な変身体を獲得できたことも大きい。
彼の”魔法”は”変身”。さして珍しくない魔法だったが、彼が魔族の中で名を挙げられたのには理由がある。
それは、喰らった相手の姿形を真似るだけでなく、相手の”奇跡”や”魔法”といった特殊な能力も変身体で使うことができたのである。
彼が化けているのは”兵士のリーダー格の男。そして、そいつの奇跡は”剛力”。
元々身体能力に自信のあるターリクにとっては願ってもみない能力でだった。
小さな小隊を引き連れて森に偵察にきたところ、一人で迂闊にしているところを部下が取り囲み、ターリクが自分自身で殺した。
そのあとは変身が使える部下数名とともに砦に戻り、魔族に襲われたことにして、機会を待ったのである。
仕込みは順調だった。砦の内部に侵入できたことだけではない。彼は、遠い過去にこの半島を彼らの祖先が侵略した時に使ったものと同じ策を練っていた。
「勇者サーディン。必ず、お前を殺す。」
ターリクは、隠密行動で砦の南側に部下とともに移動すると、防壁を守護している兵士たちに掛け合った。
「兵士長殿どうされたのですか?」
一人の兵士が尋ねるとターリクは答えた。
「東側の攻撃がまた厳しくなってきた。エリヤ様が回復するまでの時間を稼がなければならない。お前達も応援にいってくれないか?」
南側の砦は、散発的に攻撃されることはあったが、かなり落ち着いてきている。
「しかし、ここの守りも重要のはずでは?」
「だから俺たちがきた。俺の奇跡はしっているだろう?数さえいなければ、魔族なんてのはどうってこともないさ。」
兵士たちは訝しがるがやがて、待機の兵士を引き連れて東側に向かっていった。
続いて、ターリクは砦の上で戦いを続ける兵士にも声をかけた。
「ということで、この場所の守りは俺たちが代わるから、東側に急いで援軍にいってくれ。」
南側を守る兵士たちは、それなりに歴戦であり、最初に対応した兵士はこの兵士長の行動を怪しく思った。
「しかし、兵士長が連れてきたメンバーのみで守り切れるとは思いませんな。」
初老の兵士が問う。
「ご存知の通り、魔族には変身を扱えるものもおります。すまないが、いくつか質問に答えてもらえますかな?」
初老の兵士は失礼に値しないように尋ねた。
「なに、それには及びませんよ。」
ターリクは腰に吊り下げていた剣を瞬く間に抜き去るとその初老の兵士に突き刺した。
「やはり、お前。」
兵士は突き刺されながらも抵抗し、仲間に伝えようとする。
しかしながら、ターリクはその頭を右手で鷲掴みにすると力任せにねじ切ったのである。
後ろに控えていた魔族も抜刀をする。
「ターリク様」
ターリクの様子を判断を伺う魔族たち。数は5名ほどである。
「よかろう。時期は来た。今からこの砦を落とす。まずは、ここにいるものを皆殺しにしろ。できるだけ気づかれないように動くんだぞ。」
ターリクの命令が下ると、魔族たちは砦の上で応戦する兵士たちを後ろから切りつけた。
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