私を追い出しても大丈夫だというのなら、どうぞそうなさってください

第27話

「フューゲル様、おかえりなさいませ」

「ただいま、スバル」

フューゲルが別荘と呼ぶ場所で、到着した二人を出迎えたのは、およそ40代から50代ほどの中年男性であった。

全身を黒色の服で覆い、髪形や容姿を美しく整えているその姿は、一流貴族の召使のようにも感じ取れる。

「式典の方はいかがでございまし……いえ、お聞きするまでもないようでございますね」

「…？」

スバルはフューゲルの後ろに控えるメリアの姿を見て、ややうれしそうな表情を浮かべながらそう言った。

メリアからしてみればいったい何が起こっているのか分からないようであったものの、フューゲルはそっとメリアの手を取り、そのまま彼女の体を引いて屋敷の中へと足を進めていった。

「え、えっと…フューゲル様…？あの男性は…？」

「あぁ、うちの学院の学院長だよ」

「へ？？？」

さも当然のようにそう言ってのけるフューゲルの様子に、メリアはその場で固まってしまう。

「どうしたの？馬車に揺られて酔っちゃったの？」

「そ、そういうわけじゃなくってですね…。ど、どうしてフューゲル様のお家に学院長さんが…？？」

メリアは自身の心を大きく動揺させながら、フューゲルに対してそう疑問の声を発した。

彼女にしてみれば全く信じられない光景が目の前に広がっているわけで、その声が出てくるのは至極まっとうである。

しかしフューゲルの方は相変わらずその雰囲気を変えることなく、ごくごく普通の表情を浮かべながらこう言葉を返した。

「学院長の方から僕の身の回りの世話をしたいと言ってくださったんだよ。僕にしてみれば非常にうれしいことだし、別にそれを断る理由もないでしょう？」

「そ、それじゃあこのお屋敷って…？？フューゲル様は別荘だっておっしゃっていましたけど、ここも学院と関係が…？」

「えぇ、ここは学院の所有するお屋敷なんです。ですからその所有権者は学院長であるスバル先生なのですが、そのスバル先生がここを僕の好きに使って良いと言ってくださったんですよ。本当にうれしい限りです」

フューゲルからの言葉をそこまで聞いたところで、メリアは自分の頭が少しパニックになりそうなのを感じた…。

彼女は現実離れしたその光景からいったん視線を切り、深く深呼吸を行ったのち、心の中でこう言葉をつぶやいた。

「(す、すごすぎて意味が分からない…。そんな絵本の中のような人が、現実にいるんだ…。きっとフューゲル様がすっごく将来あるお人だから、学院長先生も彼に逆らえない…。逆らえないどころか、今のうちから彼と良い関係を築いておきたいって考えているんだ…。だからこんなにフューゲル様の事をもてなして…)」

メリアが心の中につぶやいたそれらの言葉はすべて、事実であった。

現に二人の様子を遠目に見つめるスバルは、ぼそっと小さな声でこう言葉を発していた。

「フューゲル、とうとう学生の身でありながらクリフォード様やハイデル様にまで宣戦布告を行ったか…！メリアなる女性の存在価値は私にはよくわからないが、彼らがここまでその存在を欲しがるというのなら、きっとそこにはなにか理由があるに違いない…。彼が後にこの国の中枢人物となった時、私の身を保証してもらうため、もっと、もっとフューゲルとの関係を深め、奴に気に入られていかなければ…！」

…スバルはその場でぐっとこぶしを握ると、フューゲルに対する熱の入れようを自ら証明してみせるのだった…。

――――

「この部屋を使うといいよ。もう掃除も済ませてあるし、生活に必要なものもすべてそろえてあるから。ほかにいるものがあったらなんでも言って」

「あ、ありがとうございます…」

「それじゃあ、またディナーの時に」

フューゲルはさわやかな雰囲気でそう言葉を発した後、部屋の扉を閉めてメリアの前から姿を消していった。

部屋の中にはメリア一人が残される形となり、彼女は部屋に備え付けられている豪華なベッドの上に腰を下ろすと、自分の置かれている状況について考え始める。

誘拐された身でありながら、この上ないほどのもてなしを受けるメリア。

フューゲルがそこまでメリアに尽くすのは彼女のことを思っているからこそなのだが、しかし当のメリアはそんなフューゲルの思いにはまるで気づいていない様子…。

「(フューゲル様、本当に私をここに置くつもりなのかな…？私を置いてもなにもいいことないと思うのだけれど…)」

窓の外を見ると、すでに外の景色は夕焼け時であった。

同時にその景色が時間の経過をどっと感じさせ、メリアの体に空腹感を感じさせ始める。

「…フューゲル様が用意してくださるディナーって、一体どんなものなんだろう…？」

メリアはその胸の中に少しの期待感と不安感を抱きながら、これから始まるであろうここでの生活に、流れのままに身を置くことにしたのであった。