私を追い出しても大丈夫だというのなら、どうぞそうなさってください

第26話

「(ハイデル様…。これ以上、これ以上僕の事をないがしろにされるというのでしたら、僕にも考えがありますから…。よくよく覚えておいてくださいませ…)」

タイラントはその心の中にメラメラと憎悪の感情を燃え上がらせながら、ハイデルに対して背を向けてその場から消えていった。

その一方で、タイラントとは別に二人の人間がすでに王宮からその姿を消していた。

――――

「メリア、君に苦労を掛けることになってしまって申し訳ない。ただ、僕はどうしても君の事を手に入れたくて仕方がないんだ。どうか分かってほしい」

「え、えっと…」

状況はめまぐるしく変化しており、メリアはたった今フューゲルの手配した馬車に乗せられ、彼に導かれるがままに目的地を目指して進んでいた。

王宮から連れ出される形となった彼女の事をクリフォードは阻止しようとしていたものの、アリッサ直筆の決定書があることからメリアの身はフューゲルが正式に預かることとなり、クリフォードはそれに対して異を唱えることはできなかったのだ。

すなわち、フューゲルはこの目的を達成するべくアリッサの元まで赴き、彼女の事を逆にたらしこむことでその協力を得ることとしたのであった。

「(すべては僕の計画通り。アリッサ様は僕がアリッサ様の事を好いていると勘違いされていたようですが、その気持ちを逆に利用させていただきました。おかげでこうしてメリアの事を手にすることができ、心から感謝申し上げます)」

半ば誘拐と言ってもいい手段を行使し、メリアを手に入れるという目的を果たしたフューゲル。

一方、彼に誘拐されてしまう形となったメリアは意外にも冷静にこの状況を受け入れており、特に混乱するような様子は見せていなかった。

「(フューゲルさん、私よりも年下だよね…？なのにこんな大胆なことをやってのけるって、やっぱり噂に聞いた通りすっごく頭がいいんだ…。学院でトップなだけはある…)」

メリアはこの状況に悲観するどころか、むしろ目の前に座るフューゲルの事をやや尊敬のまなざしで見つめていた。

それはまるで、彼女の中にある本能のようなものが、フューゲルが決して危険な人物ではないという事を知らせているかのようであった。

「あ、あの…フューゲルさん、私なんか連れて行っても何もいいことはないと思うのですけど、いったい何が目的なのですか？」

「は？」

「え？」

メリアの発した疑問に対し、フューゲルはやや間抜けな声を上げて返事をする。

「そ、それ本気で言ってるのか？本当に分からないのか？」

「ご、ごめんなさい…わ、分からないです。私、ハイデル様からは捨てられた身ですし…。その後はクリフォード様に助けていただきましたけど、騎士の皆さんの足を引っ張ってばかりの存在ですし…。私の事を誘拐したって、誰もお金を払ったりはしないと思うので…」

「あぁ…」

真剣な表情でそう言葉を発するメリアの姿を受け、フューゲルはどこか切なげな表情を浮かべて見せる。

「はぁ…。君は本当にどこまでも鈍感だなぁ…。これには騎士の皆様も苦労していたことだろう…」

「え？」

どこまでも生真面目な性格のメリアは、フューゲルの言葉に対して本気でそう返事をした。

その言葉はフューゲルにため息を吐かせる結果となったものの、その一方でフューゲルは同時にどこかうれしそうでもあった。

「(そういうところだよ。メリア、君のそういうところに僕は…)」

しかしどこまでもフューゲルの雰囲気を飲み込めないメリアは、再び真剣な表情を浮かべながらこう疑問の声を上げた。

「それに、フューゲルさんって女性からすごく人気を集めておられるのでしょう？同時に複数の女性と交際することも当たり前だって聞きました。私なんかよりも可愛らしくて素敵な女性、他にもたくさんいらっしゃるんじゃ…？」

「あぁ…」

フューゲルは再びため息を漏らすと、やれやれといった表情を浮かべながらメリアに対してこう言葉を返した。

「えぇ、その通りですよ。別に僕がなにもしなくても、いくらでも向こうからアプローチは来てました。だから今までは、そういうのを適当に対応してたんです。ただ、あなたにだけはそんな対応をしたらダメだというか…。真剣に向き合いたいと感じたというか…」

「…？」

「と、とにかくそういう事だから。君には僕の所に一緒に来てもらうから」

これは想像以上だ、とでも言いたげな表情を浮かべるフューゲルに対し、きょとんとした表情を浮かべて返すメリア。

2人はそのまま馬車に揺られながら、フューゲルが学院長から与えられた別荘を目指して進み続けるのであった…。