第28話

「おい!!メリア!!メリアはどこにいる!!」

「(!?……こ、この声って……)」


フューゲルに案内された部屋の中でくつろいでいたメリアの耳に、聞きなれた一人の男の声がもたらされる。


「出て来いメリア!!これ以上好き勝手なことをして僕の王宮を乱すというなら、もう勘弁ならない!最初は婚約破棄するだけで許してやろうかと思っていたが、お前にはもっと重い罰がふさわしい!」


その声の主は他でもない、メリアの事を一方的に婚約破棄追放したハイデル第二王子その人であった。

おそらくは、式典が滅茶苦茶にされたことに業を煮やし、そのままフューゲルの馬車の後を追ってこの屋敷まで乗り込んできたのだろう。

彼が激しい怒りの感情を抱いていることはその口調からも明らかであり、簡単に引き下がる様子ではないことが即座に感じ取れる。


「お前のおかげで僕は散々だ!!アリッサには愛想を尽かされて喧嘩ばかりだし、クリフォードやフューゲルにさえ疎まれる始末!長らく信頼していたタイラントにも逃げ出され、これ以上何をすることもできない!このままではシュラフ国王やエルク第一王子から糾弾され、第二王子の座を奪われることとなるのも時間の問題だろう!すべてメリア、お前のせいじゃないか!!!」


完全に自業自得であるというのに、自分の行いをすべてメリアのせいに仕立て上げるハイデル。

そこにはもはや正気な様子は感じられず、自分が得ていた名声や信頼をすべて失ってしまったために精神的に錯乱してしまっているように見て取れる。


「(ハイデル様がどうやってここに入ってきたのかは分からないけど、フューゲル様やスバルさんはどこに行っちゃったんだろう…?いの一番にハイデル様の前に立ちふさがりそうな雰囲気だったけれど、いないのかな…?)」


不自然ではあるものの、それもハイデルの性格を考えればありえそうな話ではある。

居られたら厄介な二人がいなくなるタイミングにあえて突撃し、第二王子であることを盾にして強引に門をあけさせる。

かつて王宮でハイデルとともに生活していたメリアには、彼がそう言う性格であることをよく知っていた。

するとその時、ハイデルは屋敷の中を縦横無尽に駆け巡る中でようやくメリアのいる部屋を見つけ、そのまま乱暴に扉を開けてその中に足を踏み入れる。


「見つけたぞメリア!!」

「ハイデル様…。どうしてここに…」


やはりそこに現れたのは正真正銘、ハイデル第二王子本人であった。

そしてその雰囲気もまた事前にメリアが察していた通りのもので、彼はその全身から怒りの感情を噴き出していた。


「メリアお前どういうつもりだ!お前の面倒を見てやったのは他でもないこの僕だろう!それなのに回りくどい事ばかりして僕の事を攻撃して来よって…!」

「そ、そんなつもりは……私は本当に何も……」

「そんなわけがあるか!知らないと言ったって許されるものではない!クリフォードやフューゲルのような僕が将来を期待する者たちの心に立て続けに取り入って味方にして、僕に反旗を翻すよう言ったのだろう!でなければ今まで僕に尽くしてくれていた二人がこうも変わってしまったことに説明がつかない!」

「か、変わってしまったとしたらそれはハイデル様やアリッサ様の身の振り方に門外があるのでは……」

「生意気を言うな!!!」

「っ!?!?」


メリアの言葉が心に刺さってしまったためか、あろうことかハイデルはそのままメリアの顔を叩き、そのまま彼女の体を乱暴に押し倒した。


「お前がそのつもりならもういい…。このままお前の体を穢してやろうじゃないか…。そうしたならきっとあの二人もお前には失望し、もう無駄な愛情を向けることもなくなるはず…♪」


王子らしさなどかけらもない下品な表情を浮かべながら、メリアの事を見下すハイデル。

…メリアは普段感情をあまり表にすることはないものの、その時ばかりは非常に激しい嫌悪感をその心の中に抱いた。

そして、ハイデルはそのままメリアの体を封じこめると、自身の手を彼女の胸元に向けて動かし始め……


「がはっ!!!!!」


動かし始めたその時、ハイデルは急に奇声を上げて全身の力を脱力させ、そのまま眠りにつくように体を横に倒した。

…彼の後ろにはどこからか現れたフューゲルがその姿を見せており、その手には重量のあるグラスが握られていた。


――――


「……大丈夫?メリア?大丈夫かい?」

「っ!?!?」


メリアは誰かに自身の体を強くゆすられ、意識を現実に戻した。

その場ではっと起きた彼女はそのままとっさに周囲を見回して見るが、そこにハイデルの姿はなかった。


「あ、あれ…?」

「大丈夫かい…?。なにか嫌な夢でも見たのかい…?」

「え、えっと…」


メリアの目の前に移るのは、パンやスープ、色とりどりのフルーツや野菜などが乗せられたトレーを持ったフューゲルの姿だった。

どうやらこの部屋までディナーを運んできてくれた様子。


「ドアも開けっ放しだったし、苦しそうな声も聞こえてきたし…。ほんとに大丈夫?」

「(ゆ、夢だったみたい…)ごめんなさいフューゲル様、少し疲れてしまってたみたいで…」

「そっか…。それならもう横になってるといい。食事はここに置いておくから、食べられるだけ食べてくれたら十分だよ」

「あ、ありがとうございます…」


メリアはそう言葉を返すと、そのままベッドの上に横になって体を休めることとした。

フューゲルはやや心配そうな表情でメリアの様子を見つめながらも、すぐに彼女の顔が穏やかなものになったのを確認し、自身の心を安堵させるのであった。

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