第18話

ハイデルとアリッサとの話を終え、王宮を出て帰路に就くフューゲルの元には、それはそれはすさまじい数のファンたちが押し寄せていた。


「目が合った!!私今フューゲル様と目が合ったわ!!」

「そんなわけないでしょ!フューゲル様が今見てたのはあなたじゃなくて私の方!」

「ちょっと邪魔しないでよ!フューゲル様の姿が見えないじゃない!」


集まった人数はすさまじく、放っておけば暴動に至っても不思議ではないほどの状況が繰り広げられていた。

ゆえにフューゲルの移動にあたっては王宮直属の憲兵たちが身辺警護のためにかりだされ、彼の周りをがっちりと固めていた。


「フューゲル様、申し訳ございません…。まさかこれほどの人数が集まっているとは思わず…」

「いえいえ、こちらこそ申し訳ございません。憲兵の皆様のお手を煩わせることとなってしまって」


口でこそそう言葉を発するものの、フューゲルはあまり悪びれているような様子は見せていなかった。

そんなクールな表情がまた一段と集まった女性陣の心をつかみ、沸き上がる声は一段と大きなものとなっていく。

…そんな彼の背中をいぶかしげに見つめる男が一人、いた。


「フューゲルめ…。少しばかりルックスが良いからと調子に乗りよって…」


恨めしい口調でそう言葉を漏らしたのは、他でもないハイデルの右腕であるタイラントだった。

彼にとってフューゲルという男の存在は、非常に危険でならないような様子…。


「(ハイデル様もハイデル様だ…。あんな社会を知らない若造の事を直接スカウトなど…。今まで私がどれだけハイデル様の機嫌を良くするために立ちまわってきたか、まさかお分かりいただけていないのか…??)」


タイラントにとってハイデルの右腕という立場は絶対に死守しなければならないものであるが、フューゲルの出現により、その立場は将来的に危ぶまれる危険性が発生していた。


「(フュ、フューゲルの頭の良さは折り紙付き…。正直私はハイデル様の機嫌を取るだけでここまで成り上がっただけで、なにか特別な事を成し遂げたかと言えばそうではない…。そんな私のもとに、正真正銘私よりも格上の男であるフューゲルが来てしまったらどうなるかなど、子どもでもわかること…。おそらく私は入れ替わりのように王宮を追い出され、フューゲルがその後を継ぐことになるのだろう…。それだけはなんとしてでも阻止しなければ…!)」


タイラントはフューゲルに対する対抗心を一方的に燃え上がらせていた。

というのも、そこには彼なりの勝算があるからこそ。


「(心配はいらない…。フューゲルは女性に非常にモテるがゆえに、常に女性スキャンダルを抱えていた。つまり奴自身、かなりの女たらしなのだろう。そんな男により決定的なスキャンダルが確認されたなら、おそらくハイデル様とて奴の事を見限るはず…!そこに勝機を見出すのだ…!)」

「タイラント様、こちらにおられましたか」

「…どうした?」


タイラントが心の中にそう言葉をつぶやいていたまさにその時、彼の部下の男がある知らせを持ち込んだ。


「ご命令されていた件についてです。フューゲル様の周りの女性関係について調べあげろ、と」

「あぁ、それでどうだった!?奴への信頼を失墜させるほどの決定的なスキャンダルは見つかったか!?」


タイラントは非常に嬉しそうな表情を浮かべ、部下に対してそう言葉を発した。

しかし部下の男がタイラントに告げた内容は、タイラントが待ち望んでいたものではなかった。


「そ、それがですね…。近頃のフューゲル様はこれまでとはまるで別人になったかのように、女遊びを一切やめてしまわれたようなんです…」

「は、はぁ!?」


全く予想だにしていなかった言葉を返され、タイラントは思わず大きな声を上げてしまう。


「そ、そんなはずがないだろう!フューゲルと言えば学院中の女に声をかけて回るなんて話があるほど女好きな奴なんだぞ!それが急に女への興味を失うなど、そんなことがあるわけがないじゃないか!人間というものはそんな急に変われるはずがない!」

「わ、私もそう思って繰り返し調査を重ねていたのですが、どうも本当の事のようなのです…。なにがあったのかは分かりませんが、フューゲル様は何らかのきっかけを境にして変わられたのだと…」

「ま、まさか…。そんなはずが…」


そこに唯一の勝機を見出していたタイラントにとって、その知らせは絶対に認めたくないものであった…。

しかしその知らせを持ち込んだのは、彼が最も信頼する部下であり、自分に嘘など告げる可能性などこれっぽっちもない男。

ゆえにタイラントはその脳裏を大いに混乱させ、感情をめちゃくちゃにしていった…。


「なにが起こったというんだ…。こんなことが現実になるなど…」


その後しばらくして、タイラントはフューゲルが女遊びをやめた理由を知ることとなるのだが、その時も彼は今回に負けないほどの混乱ぶりを見せることとなるのであった…。

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