第13話

「♪♪」


足の傷はまだほんの少しの違和感を感じさせるものの、普通に動く分には何の問題もない程度に回復したメリア。

彼女はどこか上機嫌な様子で騎士の城の横にある花壇に立ち、花々に水やりを行っていた。

色とりどりの花を咲かせる花々の姿を見て、メリアはさらに一段とその機嫌を良くしていく。

…事件が起こったのは、そんな朝の時間であった。


「おやおや、第二王子様に捨てられたご身分にされては、優雅な朝をお過ごしですね」


突如、騎士ではない男性の声がメリアの耳に届けられる。

その声の主の方に向けてメリアが視線を向けたところ、そこにいたのはハイデル第二王子の右腕(腰巾着)としてその名を馳せている、タイラントであった。


「タイラントさん…」

「おっと、勘違いなさらないでくださいね。私はハイデル様からの伝言をクリフォード様にお伝えするべく参りましたので、騎士ではなくともこの城の中に足を踏み入れることができます。お分かりかな?」

「……」


メリアは何も言っていないのに、嫌味たらしい口調でそう言葉を発するタイラント。

それがわざとなのか、それとも自然とそういった言葉遣いになっているのかは本人にしか分からないところではあるものの、少なくとも彼はメリアと穏やかに話がしたくて来たわけではなさそうであった。


「クリフォード様は今、刀剣場にて鍛錬を行っておられますのでご不在です」

「ほぅほぅ、それは残念ですねぇ。いらっしゃらないのですか」

「……」


その時、メリアは本能的に察した。

この男はクリフォードが不在のこの時間をあえて狙ってきたのだろうと。


「御用がそれだけなら時間を改めていただきたのですが…」

「おっと、あなたにそんなことを言われる筋合いはないでしょう?ここの主であるクリフォード様やハイデル様にそう言われたなら従いますが、今のあなたに従わなければならない理由はないですよね?」

「それは、そうですけど…」

「なら生意気にこの僕に命令をしないでほしいな。もしかしてまだハイデル様の婚約者気分のままなんですか?それこそ痛々しいですね、あなたはもう切り捨てられた立場だというのに、それをいつまでも未練たらしく引きずるなど…♪」

「お、おいおい何事だ!」

「メリアさん!こ、この人は…?」


するとその時、メリアが対応に苦慮している姿を目撃したのか、城の中にいた二人の騎士が彼女たちの前に姿を現した。


「おやおや、下級の騎士たちが何の用ですか?僕はハイデル様からの命によりここにるのですよ?一体どちらが上の立場になるかは言わずとも理解できるでしょう?」

「(こ、こいつ確かハイデルの部下のイエスマン……)」

「(またろくでもないやつが来たな…。さて、どうするのが正解か…)」


タイラントが非常に扱いにくい存在であるという事は、若き騎士たちの間でも広く知られていることであったが、かといってタイラントの襲撃に備えたマニュアルなどが用意されているはずもない。

若き二人の騎士たちにこの場を取り持たせることは酷であり、その事はメリア自身も理解していることであった。

…逆に言えば、タイラントはこの状況だからこそこのタイミングを狙ってやってきたともいえる。


「メリア様、ここで話をするのもなんですから、一緒に来ていただきたいのです」

「おい!!勝手にメリアさんをつれだすなんてダメに決まって…」

「関係のない人間は黙っていてください。…それともあなたは、ハイデル様のお言葉に逆らうだけの覚悟をお持ちなのかな?」

「っ!!」


この場のペースは完全にタイラントが握っており、若き騎士たちにそのペースをつかみ返すことは難しかった。

…その雰囲気を察したメリアは、タイラントに対してこう言葉を返した。


「…私をどこに連れていくと?」


その言葉を聞いたタイラントは、不気味なほど気色の悪い笑みを浮かべ、上ずった口調でこう言葉を漏らした。


「そんなのは行ってからのお楽しみですよ♪まぁ、貴族令嬢というステータスは魅力的でしょうから、きっと相手を楽しませられることと思いますよ?♪」

「お、おい!!!」

「お前どこまで勝手なことを!!」

「構いませんよ。それであなたがここから帰ってくれるのなら。騎士の皆さんに迷惑をかけずに済むのなら」

「メ、メリアさん!!」

「だめですよ、こんな男の話に乗ったら!」

「おやおや、メリア様はあなた方騎士のために僕のいう事を聞いてくれると言っているのですよ?あなた方はそんな彼女の思いを踏みにじるんですか?」

「「なっ!?」」

「あははは!!!そうでしょうそうでしょう、何も言えないでしょう!最初からそうしていればよかっただけの事ですよ。さぁメリアさん、それでは僕の案内する方へ…」

「おい、何をしている」


タイラントが上機嫌にそう言葉を連ねていたまさにその時、彼の後ろから発せられた一人の男の低い声がその胸を貫いた。

…タイラントは体と表情を硬直させながらも、そのままゆっくりと、恐る恐るといった様子で自身の後ろに振り向く…。


「気色悪い手でメリアに触るんじゃない」

「ク、クリフォード…騎士長…」

「なにか胸騒ぎがして戻ってみれば…。おい、いったい何のつもりだ」

「ぼ、僕はただハイデル様からの伝言を…」

「ここは俺の城だ。部外者は出ていけ」

「そ、それはいくらなんでもハイデル様の意思を踏みにじることに…」

「いいから出ていけ!!目障りだ!!!!」

「ひっ!!!!!」


完全に形勢を逆転されてしまったタイラントは、それまでの余裕差を一気に失うと、一目散にその場から引き上げていった。

その後、クリフォードはやれやれといった様子を見せながらメリアの元まで歩み寄り、近い距離からこう言葉をかけた。


「大丈夫か?」

「は、はい…。で、でも大丈夫なんですか…?これってハイデル様に喧嘩を売ったてとらえられてしまうかもしれないのに…」

「知るかそんなもの。言っただろう、例え第二王子が相手でもお前を守ると」


クリフォードは照れる様子もなくそう言ってのけると、ややぎこちのない手つきでメリアの頭をそっと撫で上げた後、そのまま騎士の城の中へと戻っていった。

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