第16話 井の中の蛙

 その後も太陽町は大きく発展していき、三人が来れない日にも仲間たちの手によってどんどん成長し続けていた。


 来る日も来る日も理想が現実となりゆく様子を眺めながら、ああでもないこうでもないと話し合い、時には対立したり、お腹を抱えて笑い転げたりして毎日がとても充実していた。

 太陽町は、もはやテーマパークのような賑わいと明るい笑顔で満ち溢れていた。


 こんな日がずっと続けばいいなと、三人は心の中で思った。

 しかし三人はこの時、太陽町はもう取り返しのつかないほどの深刻な問題を抱えていることに気が付いていなかった。


 太陽町では、あり券がお金の代わりに流通していたが、三十人以上の人数で使うには圧倒的に枚数が足りなくなっていた。

 三人は、野菜や小物を売ったお金で、あり券をもっと作ってもらえないか相談しようと思い、久しぶりにしげじいにお願いしに行くことにした。


「やぁ、みんな久しぶりじゃのう。だいぶ賑わっていると聞いておるぞ」


「これも全部しげじいのおかげだよ。本当にありがとうございます!」


「ところであの、相談なのですが、これでまたあり券を作ってもらえませんか?」


「おぉ、すごいなぁ。だいぶ貯まったんじゃな。じゃが、ワシが受け取るのはこれだけじゃな。このお金は、誰か他に困っている人や、助けが必要な人に使ってあげなさい。感謝の気持ちは返すことも必要じゃが、広げていくことの方がもっと大切じゃ」


 しげじいは五十円玉を三枚だけ受け取った。


「えっ、百五十円だけでいいんですか?作るのって本当はもっと高いですよね?」


「ありがとう券の理解度が五十点の子供が三人。だから、百五十円じゃ。もうひと踏ん張り、負けるなよ?」


 しげじいの言っている「もうひと踏ん張り、負けるなよ?」が引っかかったが、よく分からないまま三人はお礼を言って帰り道を歩き出した。


 台風が近づいているせいか、時折ピューっと音を立てて強い風が吹き抜けていた。

 それはまるで、すぐに訪れることとなる最後の試練を伝えようとしているかのようだったが、三人が気付くことはなかった。


「思ったよりも強そうな台風だから、畑を守りきれるよう対策しないとね。私、おじいちゃんにどうやったらいいか聞いてみるね!確か、ビニールシートを……」


「はるとぉぉぉー!や、やっと見つけた!かなりマズいことになってるから、マジで早く戻ってきてくれ!」


 ゼェゼェと息を切らしながらリサイクルショップ担当のみきおが駆け寄ってきた。

 何が起きているのか分からないが、ただならぬ表情のみきおを見て、はるとは何が起きてるのかも聞かないまま全力で太陽町へ走り出した。


 町が近づくにつれ、だんだんと町の入り口付近が集まった人たちで騒がしくなっている様子が見えてきた。

 あれは子供……いや、あれは明らかに大人だ。


 すぐ横には見覚えのある白い車と、乗り慣れた赤い車が停まっていた。

 ヘルメット片手に作業着を着た人が三人、見覚えのあるスーツ姿の人が一人。

 少し離れたところに見覚えのある長い髪の女の人と、見覚えのある洋服の女の人。

 はるとはまるで、ピストルで心臓を撃ち抜かれたかのように青ざめ、膝から崩れ落ちた。


 そこにいたのは、役所で仕事をしているはずのスーツ姿のお父さんと、PTAの集まりに行っているはずのお母さん、そしてひまりのお母さんが居たのだ。


「はると!これは一体、どういうことなんだ?分かるようにちゃんと説明しなさい」


 今にも爆発しそうな怒りをどうにか抑えながら、お父さんが冷静な口調ではるとに詰め寄った。

 ヘルメットを持った人たちは、太陽町の方を指さしながら、手元の地図と照らし合わせている。

 はるとに気づいたお母さんとひまりのお母さんも、無言で近づいてきた。


 ―――それから先のことはよく覚えていない


 あまりに突然の出来事ではるとは頭が真っ白になり、何をどうやって説明したのか全然覚えていないが、話にならない僕の代わりに、後から駆け付けたひまりとあさひが必死に何かを訴えかけていたことだけは覚えている。


 しかし、ひまりとあさひの訴えは全く受け入れられることなく、大人たちは首を横に振ってばかりだった。

 どれだけの時間が経過したか分からないが、たったの一度も首が縦に振られることはなかった。

 気が付けば町にいたはずのたくさんの仲間たちは、誰一人残っていなかった。


 辺りが薄暗くなっていたこともあり、その日は解散することになった。

 お父さんは、作業着姿の人たちと一緒に白い車で役所へ帰って行った。

 僕はお母さんに手を引かれ、いつもの赤い車に乗せられて塾へと送り届けられた。


 走り出す車の外では、ひまりの泣きじゃくる声と、あさひが僕に向かって何か必死に伝えようとしている声がしていたが、僕はうつむいたまま耳を塞いだ。


 次の日、天気予報通りに台風が直撃した。

 きっとひまりが中心になって大切に育てていた野菜も台風対策できないままなので、きっとダメになっているだろう。

 道具もどうなっているか分からない。

 あぁ、どうやって弁償しようか。


 もう今さら何を考えても無駄だった。

 台風は数日続く予報だし、僕は部屋に閉じ込められて勉強漬けだ。

 ひまりはどうしているだろうか。あまり怒られていないといいのだけれど。

 あさひも、ああ見えて意外と打たれ弱いタイプだしな。


 考えれば考えるほど、何も出来ない現実とのギャップに襲われたはるとは、ついに考えることを放棄した。するしかなかった。

 ひたすら目の前の参考書と問題集にかじりつき、ひたすら問題を解き続けた。

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