第13話 めぐりめぐる
「あのじーさん、俺だにけ大サービスとか言ったから一瞬だけ喜んだけど、よく考えてみれば枚数が一番多いってことは、一番大変ってことじゃないかよ……騙しやがって!ってか、何でハニワ野郎がリーダーなんだよ?俺様がリーダーだっつーの!」
あさひは、家に帰ると早速あり券を使うことにした。
三人の中で誰よりも早く使い切り、なぜか自分が割りばしで作ったおもちゃががひとつも売れなかったことや、自分こそがリーダーにふさわしい人間なのだと二人に思い知らせるために全力で頑張ることにした。
「今日は父ちゃんが夜勤で帰って来ない日だから、俺が夕食を作る当番か。よし、ゆうひちゃーん、お兄ちゃんが美味しいご飯作っている間にお皿並べてくれるかーい?」
「お兄ちゃん!いい加減、子どもじゃないんだからその呼び方やめてよね!私、カメラの手入れで忙しいんだけど?っていうか、お父さんが作り置きしたカレー温めるだけでしょ?偉そうなこと言わないで!」
「まぁまぁ、いいじゃないか妹よ。と、言っている間にもうお皿が並んでいるではないかっ!なんと素晴らしい!おぉ、更にはまだお願いもしていないスプーンも並べてあるのかー。あぁー、おいおいウソだろ?まさかもう麦茶までもが用意してあるなんて夢のようだ!こりゃぁ完敗だぜ。仕方ない、今日は特別にお兄ちゃんからゆうひに素敵なプレゼントを授けようではないか!」
あさひは、何だかんだ理由をつけて二つ年下の妹、ゆうひにありがとう券を三枚押し付けた。
「えっ、何これ?」
「何ってそりゃぁ、誰もが知っているお金よりも価値がある『あり券』だけど?」
「あのー、お兄ちゃん?私のことを幼稚園生か何かだと思ってます?子供扱いするにしても、限度ってものがあると思いませんかねぇ?」
「いぃっ、てぇぇぇー!」
ゆうひは、あさひの背中を力いっぱいパーで叩き、百点満点の真っ赤な紅葉を浮かび上がらせることに成功した。
そして、その様子をカメラで写真に収めた。
「よし、今日の一枚はこの写真で決まりっと!」
「うーん。この調子じゃ家の中で使うのは無理そうだなぁ。どうすっかなぁ」
あさひがうまく使えずに苦戦している頃、ひまりはお父さんのお店の後片付けを済ませ、翌日おじいちゃんが畑で使うための道具を手入れしていた。
「ひまり、弟の世話や家の手伝いをいつもありがとう。ひまりはきっと良いお嫁さんになるな!まぁ、嫁に出すつもりはないけどなっ!」
「お、お父さん、私まだ小学生よ?気が早すぎるって!だけど、お父さんこそいつもお仕事を一生懸命してくれてありがとう」
ひまりは、普段思っていてもなかなか言葉にできていなかった感謝の気持ちを素直に伝えると、あり券を一枚手渡した。
「こんなものまで作ったのか!ひまりは天才だなぁ!ありがたく受け取るよ」
「あ!これは貰い物なんだけど、すごく素敵よね。こちらこそ、いつもありがと」
ひまりは、初めてあり券を使えたこと、そして何となく使い方を理解できた気がして嬉しい気持ちで心が温かくなった。
そんなひまりとは反対に、はるとはしげじいにあり券を貰ってから数日経ってもまだ一枚も使えないままだった。
「ちょっと、お母さん!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「今日は三回も起こしに行ったわよ」
「お母さん!なんで手紙に書いてあったのに牛乳パックが用意されてないんだよ!」
「ちゃんと準備してあるけど、持っていく日の三日前に子供から伝えますって書いてあったわよ」
「お母さん!昨日なんでまたお弁当に唐揚げ入れたんだよ!いい加減食べ飽きたんだけど!」
「はるとが前に、唐揚げが好きだから毎日入れて欲しいって言ったからよ。今日も朝から騒がしいわね。もういいから早く学校に行っちゃいなさい。遅刻するわよ」
はるとはイライラしながらランドセルを背負うと、テーブルの上に置かれたばかりの牛乳パックを乱暴に掴み取り、無言で家を飛び出した。
「ったく、今日もお母さんは何も考えていないから困る!」
一人でブツブツと文句を言いながら歩いているはるとを見つけたひまりは、周りの視線が気になって迷ったが、後ろから小さく声をかけた。
「おっはよー」
「あぁ、ひまりか。何か用か?」
「あの『宿題』は順調かなーと思ってさ。ちなみに私は一応もう使い切ったわよ?」
「えーっと、僕は……そこそこかな。ってか、一応ってなんだよ?」
「あ、はると君また嘘ついた!まぁ、それはいいとして、一応って言ったのはね、使っても使っても戻ってきちゃうからなの」
「何だそれ?押し返されるってこと?あーなんかもうやる気無くすわー」
「違う!そういう悪い意味じゃないよ?説明するのは難しいんだけどね、なんというか……戻って来るのって嬉しく感じることなんだよ?はると君はさ、一日だけでもいいから、自分のことは全部自分でやってみたらいいんじゃないかな?もし、それでも一枚も使えないようなら諦めてもいいかもね。だけど、はると君なら絶対に使えるようになるって私は信じてるよ?」
そう言い残すと、ひまりは先に走って行ってしまった。
ひまりなんかに自分の何が分かるんだろうと思いつつも、相変わらずの名探偵ぶりを発揮されたはるとは、他に策もないので仕方なく明日だけひまりの言う通りにしてみることにした。
「お、お母さんおはよう」
「あら、今日は珍しく自分で起きられたのね」
「た、たまには僕が朝食のトーストを焼いてみようかな」
「あら、じゃあみんなの分もお願いしようかしら。焼くのは四分間でお願いね」
「今日は、学校から帰ったらお弁当……自分で作ってみても、いいかな?」
「き、急にどうしたの?今日は雪でも降るのかしら?別に構わないけど結構時間かかるわよ?」
はるとは、今日一日だけ我慢して諦めた方が、あり券三十枚を使い切るよりも遥かに簡単だし早いだろうと思い、気合で今日一日を乗り切ろうと全力で頑張ることに決めていた。
「目覚まし時計だけで起きるのって、思ったよりも不安だったなぁ。バター塗ってチーズ乗せてピザソースかけて……トーストを作るのって簡単そうに見えて意外と手間がかかるなんて知らなかった。自分で言い出したのはいいけれど、帰ってお弁当作りかぁ。おかず考えなきゃ。お母さん、毎日こんなに大変なことをしていたのか。それなのに僕は今までずっと文句ばかり言って……」
はるとは、朝起きてから家を出るまでの、ほんの一時間足らずの時間がいかに大変なものなのかを初めて実感した。
それと同時に、お母さんは自分がどれほど理不尽なワガママを言っても、怒らずに何度も何度も起こしてくれたり、僕が喜ぶだろうと思って唐揚げを作り続けてくれていたのだと思ったら、急にお母さんに対する後悔の気持ちと感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
「お、お母さん、あの、いつもワガママばかり言ってごめん、なさい。いつも、ありがとう、ございます」
はるとは、照れくさそうにお母さんにあり券を三枚手渡した。
「まぁ、はるとからこんな素敵なものが貰えるなんて嬉しいわ。こちらこそ、今日はトーストを焼いてくれてありがとうね」
お母さんは、はるとの頭を撫でながら受け取ったばかりのあり券を一枚はるとに手渡した。
「あぁ、こういうことだったんだ」
ありがとうの気持ちは思うだけじゃ伝わらない。
言葉にすることで初めて相手に伝わり、それはまた自分に返ってくるのだということを理解し、はるとは温かい気持ちになった。
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