第12話 ありがとう券

「おーい三人とも、待たせて悪かったのう」


 しげじいは、手を振りながらゆっくり三人の方へ歩いてきた。

 しげじいの身軽な格好を見て、道具や苗を持って来たのではないと理解したあさひは、自分の予想が当たっているかもと思って小さくガッツポーズをした。


「例のモノ、持ってきたぞー!」


 しげじいは、少し大変そうにポケットから自分の長財布を引っ張り出すと、中からおもむろに分厚い紙の束を取り出した。


「うぉぉぉ、あったりー!お金だー!いぇーい!!!」


 あさひは、自分の予想が本当に当たったことが嬉しくて飛び跳ねた。

 はるととひまりは、予想外の事態に目を丸くして固まった。


「百枚ある。お前さんたちなら、これだけあれば大体のものは手に入るじゃろう」


 しげじいは、そう言うと気前よく紙の束をはるとの手にポンっと置いた。

 はるとはしげじいの顔を見ながら固まったまま、言葉が出なかった。


「わ、私たち、こ、こんな大金、受け取れません!」


 とっさにはるとの手の上に置かれたものを掴もうとするひまり。

 そんなやり取りに気付き、必死な形相でひまりを阻止しようとするあさひ。

 ハッと我に返って手元を確認するはると。

 しげじいが三人に渡したものは、意外なものだった。


「「「あ り が と う 券 …?」」」


 三人の急にポカンとした表情を見て、しげじいはお腹を抱えながら可笑しそうにガッ、ハッ、ハッと笑った。


「はぁ。なんだよじいさん、ジョークならまだ”こども銀行券”の方が騙されるっつーの!肩透かしかよ、ちぇー」


 あさひは、騙されたのだと思って、ふてくされて近くの小石を蹴り飛ばした。

 はるとは、これが何なのか理解できなかったが、とりあえず愛想笑いした。

 ひまりは、自分達への感謝の気持ちを表したプレゼントなのだと解釈した。


「……まぁ、そんなところ、じゃろうなぁ」


 しげじいは一通り笑い終えると、おもむろに腕を組んで話を始めた。

 三人はまだ意味が分からないままだったので、しげじいの言葉に耳を傾けた。


「これはな、お金では買うことができないほどの価値があるものなんじゃ。人によってはただの紙切れかもしれないが、人によってはお金よりもはるかに価値を感じるものじゃ。いいかい?まずは騙されたと思ってここにある百枚の『ありがとう券』を使い切るんじゃ」


 しげじいは、三人がまだ理解できていない表情をしているのを理解しつつも話を続けた。


「いいかい、よく聞くんじゃぞ?ありがとう券を使うタイミングは、自分が相手に対して感謝の気持ちを感じた時に、『ありがとう』の言葉と一緒に渡して使うんじゃ。今は分からなくてもいい。使い方を理解できた頃には、きっと欲しい物が手に入るようになっているはずじゃ」


 一通りの説明を終えると、しげじいははるとの手からありがとう券の束を手にすると、三人にそれぞれありがとう券を配り始めた。


「そうじゃのう、リーダーのキミは三十枚、恩人ちゃんは二十枚、元気者のキミは……大サービスで五十枚ってところじゃな。それじゃあワシは用事があるから、達者でな」


 そう言い残すと、しげじいは後ろ手を振りながら行ってしまった。

 三人は理解が追い付かず、また立ち尽くした。


「じいさんの遊びに付き合ってられるかっつーの、バカバカしい!」


「いや、とりあえずやってみようぜ?しげじいの言うことが本当なら、これ、めちゃくちゃすごいものだぞ?」


「俺はパス。めんどくせーもん」


「あさひ君、そんなこと言っちゃダメだよ?私、うまく言えないけど、きっとこの券はすごく素敵で大切なものだと思うの。だから、ね?一緒にやってみようよ?」


「……ったく、しょうがねーなぁ。使い切ればいいんだろ?使い切ればさぁ!」


「お前、前から気に食わなかったんだけど、なんでいつも俺の言うことには反抗するのに、ひまりの言うことだけすぐ受け入れるわけ?っていうか、なんで耳が赤くなってんの?」


「……うっせーな、ハニワ野郎は黙っとけ!」


「あー、はいはい、今日も二人は仲良しですねー。だけど、しげじいからの宿題は忘れないよーに!ということで、『あり券』は早く使い切りましょう!誰が一番最初に使い切れるか勝負ってことで!今日は解散っ!」


「あっ、お前ずるいぞ!一番枚数が少ないから絶対勝つじゃん!」


「えーあさひ君、そんなに自信ないの?あさひ君ともあろうものが、私なんかに負けるとでも?そんなんじゃはると君にも勝てないんじゃないのー?」


「はぁ?そんなわけないだろ!俺が一番最初に使い切るに決まってんじゃん!ハニワ野郎なんかに負けるなんて百パーセントあり得ないっつーの!こんな枚数さなんてハンデにもならねーから!」


「は?お前なんて相手にならねーから。俺が一番頭いいし俺が一番に使い切るに決まってるだろ」


「うんうん、二人ともチョロくて良かった」


「「ん?何か言ったか?」」


「別に何もー?じゃ、またね!」


 三人は、今日からそれぞれ『あり券』こと、ありがとう券を使い切ることになった。

 果たして三人はあり券を使い切り、あり券の本当の価値が分かるようになるのだろうか?

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