第10話 思い出
「ところで、し、しげじいさんは、僕らに何か用でもあったんですか?」
「ああ、何だったかのう……。ああ、そうじゃった。この素敵なブレスレットを作ってくれた人にお礼が言いたくて探しておったんじゃ」
しげじいは、上着の袖を少しだけたくしあげると、袖口から金色の腕時計と見覚えのあるシロツメクサで作られたブレスレットが見えた。
「あ、それ私が作ったブレスレットだ!」
「やっぱりキミが作ったモノじゃったか。本当にどうもありがとう」
しげじいはひまりに丁寧に頭を下げると、遠くを見ながらポツポツ話し始めた。
「シロツメクサのブレスレットは昔、よくばあさんがワシにプレゼントしてくれたんじゃ。よく、こうしてお揃いのブレスレットをしては一緒に出掛けたもんじゃ。当時は周りのモンに茶化されるのが、とても恥ずかしくてなぁ。けど、ばあさんを悲しませるわけにもいかないから、仕方なくいつもこうして袖で隠していたんじゃ」
しげじいは少しの間、下を向いたかと思うと、今度は空を見上げて寂しそうな顔をしながら続きを話し始めた。
「年を重ねていくうちに、ばあさんは次第に目が悪くなっちまってなぁ。大好きだった裁縫も出来なくなっちまったんじゃ。それ以来、ワシはブレスレットから解放され喜んだが、ワシは大バカ者じゃった」
しげじいは、また下を向くと、今度はそのまま話を続けた。
その表情はどこか寂しげな様子だった。きっと何か悲しい思い出を思い返しているのかもしれないと思った。
「ワシは、すぐに今までどれだけ自分が幸せ者だったのかを思い知らされたんじゃ。年を取ってからやっと気づいたんじゃ。本当はみんな羨ましがっていただけだったんじゃとな」
「しげさんよ、ブレスレットはどうしたんだい?嫁さん、病気でもしたのかい?」
「ちょっとしげさん、嫁さんとケンカでもしたのかい?大切にしなきゃだめよ?」
「しげさん愛想尽かされちゃったのかい。あんな素敵な嫁さん二度と現れないよ?」
「ワシは町を歩くたび、涙が溢れそうになった。どれほどばあさんが町の人達に愛されていたのか、そして、そんなばあさんがワシみたいなもんを、どれほどを大切に想って支えてくれていたのか……そんなばあさんの想いを長い間、ワシは、ワシは……心の底から後悔した。またブレスレットを着けたいと思っても、もう遅かった。だから、目が悪くなったばあさんの代わりに今度はワシが作ろうと思って何度も挑戦したんじゃが、結局ワシには作りきれなかった」
しげじいはうつむいたままで、どんな表情をしているか分からなかったけれど、必死に涙をこらえているような気がした。
「そんな時、ここでキミの作ったブレスレットを見つけたんじゃ。本当に、ほんとうに心の底から嬉しかった。感謝してもしきれないぐらい……本当に、ありがとう」
しげじいは、顔を上げるとひまりに向かって丁寧に深々と頭を下げた。
ひまりは、しげじいの前に歩み寄って握手をした。
「こちらこそ大切に使ってくれてありがとうございます。よければ、今度は一緒に作ってみませんか?」
ひまりの優しく微笑んだ表情を見て、しげじいはたまらず大粒の涙を流した。
立派な体格を震わせながらこぼした涙。
それはとても美しい涙だった。
はるととあさひは、少し気恥しかったけれど、その涙を見て二人とも温かい気持ちになって少し泣きそうになった。
「そう言ってもらえるなんて、ワシは本当に幸せ者じゃのう。では、お言葉に甘えてお願いさせて頂くことにしようかのう」
「私も嬉しいです!さっきは怖がってしまってすみませんでした。じゃあさっそく今からシロツメクサ集めに行きましょうよ!」
「いやいや、気にすることはないさ。いきなり知らないじいさんに話しかけられれば、誰だってそんな反応するもんさ。シロツメクサ集めなんじゃが、今日はこの後、用事があるからまた今度にさせてもらえると助かるんじゃが、それでもいいかのう」
「はい!大丈夫です!」
「ありがとう。とはいえ、まだ少し時間に余裕があるから折角じゃし、ワシの昔話でも聞いてくれんかのう」
「えー俺、興味ない」
「そんなこと言わないの!年の離れた人の話って、すごく参考になるし面白いんだよ!」
「僕たちでよければ聞かせて下さい!」
「あっ、勝手に話を進めるなよ!まぁ、いいや。今日だけだからな?」
「こんなじいさんの話に付き合わせてしまって申し訳ないのう。じゃあ、ちょっとだけにせんといかんな」
「いやいや、しげじいさんに言ったんじゃないんです!すみません」
あさひはアタフタした後、ひとまずはるととひまりと一緒に話を聞くことにした。
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