第9話 しげじい

  翌日、二人は太陽町で待ち合わせをして約束通り無人販売所に行き、売れているか確認した。


「おー!そこそこ売れたって感じか」


「そうだね!野菜も半分以上売れているし、私の小物も全部売れたみたいで良かった!ふーっ、これで一安心だね!」


「だけど、売上げは全部で800円だけか……やっぱり小物の値段をもう少し値上げした方がいいんじゃないか?」


「いいのよこの値段で。この方が子供でもおこづかいで買えるじゃない?」


「まぁ、ひまりがいいなら別にいいんだけどさ。それにしても全っ然お金が貯まらないなぁ。どうしたものか」


 自分が思っていた以上に区画整理が進まず苦戦していたはるとは、少しでも早く作業を進めるための道具を買いたかったが、まだしばらくの間は手作業で地道に進めるしかないのだと実感して少し気が滅入ってしまった。


「こんな庭の手入れ用のスコップじゃいつまでかかることやら……まぁでも、ヒーローごっこマンに邪魔されないだけマシか」


 いつの間にか、はるとの中であさひのあだ名がヒーローごっこマンになっているようだ。

 そんなあだ名を初めて聞いたひまりは小さくクスっと笑った。


「だーれーがーヒーローごっこマンだってー?ハニワ野郎のクセに生意気だぞ?」


「誰がハニワ野郎だと?ひまりに失礼だろ、謝れ!」


「いやいや、お前のことだからな?お前のその無表情でいつも目が横線一本みたいなところが、ハニワそのものじゃないかよ!」


「いや、それハニワじゃなくて土偶だろ?ハニワは弥生時代、土偶は縄文時代に作られたもので……」


「はいはーい、そこまでー。この話は終了でーす!」


 ひまりは手をパンパンと二回叩くと、二人に肩を組ませて仲直りするよう促した。

 はるととあさひは仕方なく言い合いをやめたが、まだ文句が言い足りないという表情でお互い睨み合っていた。


「ということで、今日は作戦会議をやりまーす。早速、太陽町まで移動開始でーす」


 二人はまだモヤモヤしていたが、一人でズンズン歩き始めているひまりを仕方なく追いかけることにした。

 しかし、三十メートルも進まないうちに突然、ひまりの足がピタッと止まった。


「そうかそうか、ここで色々とモノを売り始めとったのは、キミたちだったんじゃな?」


 急に知らない老人に声を掛けられ怖くなったひまりは、怯えた表情でとっさにはるとの背中に隠れた。

 そんなひまりを守るかのように、はるとは代わりに勇気を振り絞って答えた。


「あ、あの…誰でも使っていいと思っていたから…ダメでしたか?ご、ごめんなさい。ダメならすぐ片付けます」


「いやいや、そんなつもりじゃなかったんじゃ、すまんのう。無人販売所はキミたちも自由に使ってくれていいんじゃ。こちらこそ誤解させてすまんかったのう。ところで……その物騒なものをこっちに向けるのは止めてもらえんじゃろうか?」


 老人の視線の先を追うと、はるとの後ろでパチンコを構えているあさひの姿が目に入った。

 いつでも発射できる姿勢をキープしているが、よく見るとその手は震えていた。


「お、おい、あさひ!そんなものおじいさんに向けんなよ!」


 はるとはパチンコを手で遮ると、あさひに謝るよう促した。

 まだ油断するには早いと思っていたあさひだったが、ひとまず謝ることにした。


「す、すみません。ちょっと怖くなっちゃって……」


「キミは勇気のある子なんじゃのう。仲間を守ろうと、とっさに立ち向かおうとしたことは素晴らしいことじゃ。特にその女の子を守ろうという姿勢がすごく伝わってきてカッコよかったぞ」


「いや、そ、そんなことはなくて。ぼ、僕はこのハニワ野郎が頼りないから、し、仕方なく、あの、その……」


「ガッ、ハッ、ハッ!仲が良くて宜しい!ワシの名前はしげのぶ。みんなからは『しげじい』と呼ばれておる。宜しくな」


 しげじいと名乗る謎の老人。背が高くて体格がいい。白髪の角刈り頭でヒゲは生えていない。

 しげじいに差し出された手を代表してはるとが握って握手すると、その手はとても大きくてまるで辞書でも掴んだかのような厚さと重さだった。


「よ、よろしくお願いします!」


 はると、あさひの順に握手したが、ひまりは恐がって背中に隠れたまま握手して、小さな声でよろしくお願いしますと言った。

 まさかこの出会いが、のちに太陽町の運命を大きく変えることになるとは、三人もしげじいもまだ知らなかった。

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