第6話 あさひがのぼる

 料金箱には、あの手紙と一緒に千円札が一枚入っていた。

 お小遣いに困っていた二人はとても喜んだが、なんだかこのお金は簡単に使ってはいけない気がしたので、ひとまず大切にとっておくことにした。


「誰が私のシロツメクサ、全部買ってくれたんだろうね?」


「さぁな。どっかのお金持ちじゃない?この調子であと五セットぐらい作って一気に稼いじゃおうぜ!ひまり、よろしく頼んだ!」


「なーにバカなこと言ってるのよ。またすぐに売れるわけないじゃない」


「え、なんで?また作ってくれたら嬉しいって書いてあったじゃん」


「はぁ。はると君はなーんにも分かっていないのね。すぐに同じものをたくさん作って同じ値段をつけたとしても、絶対に売れないわよ?」


「え、なんで?」


 はるとには、ひまりの言っている意味が理解できなかった。

 ひまりは、普段からおじいちゃんの畑仕事やお父さんのお店の手伝いをしているからこそ、お客さんは商品そのものの価値と値段だけを見て買い物しているわけじゃないと知っているのだ。


「まぁ、はると君にもそのうち理解できるといいね」


 長かった梅雨が明け、時折吹き付ける強い風がいずれ訪れるであろう台風と、嵐のような新たな出会いを静かに知らせていた。


「さてと、今日は久しぶりに区画整理でも進めよっかなー」


「じゃあ私は枝豆のお世話と、前に植えたレタスとラディッシュの様子見ておくね」


「了解。じゃあまたあとでな。何かあったらすぐ呼んでくれよな!」


 二人は別れてそれぞれの作業を始めると、はるとは蒸し返す草原の中で一人黙々と雑草と格闘しながら開拓を進めていった。

 ひまりは畑の様子を確認しながら早く大きく育ちますようにと声をかけて周った。


 それから一時間ほど経っただろうか。

 はるとが、そろそろ水筒に入れてきた麦茶を飲みに戻ろうかなと考えていると、畑の方から短い叫び声のような音が聞こえてきた。


「きゃっ!」


「……ひまり?どうかしたのかー?」


 急いで畑の方に駆け寄ると、そこには尻もちをついているひまりと、それを見下ろしている変な格好をした男の子が立っていた。


「おい、そこのお前!ひまりに何をした?」


「は?お前らこそ俺の秘密基地で何してるんだよ?」


「秘密基地?そんなもん、どこにあるんだよ?ここは俺らの町だぞ?」


「はぁ?どこが町だって?草むらにビニールシート敷いただけじゃねーかよ。ダッセー!」


「バカにするな!ふざけんじゃねー!」


 取っ組み合いのケンカを始めたはるとと男の子を見て、ひまりはどうすることもできなかった。

 二人は押しては押し返されを繰り返しながら、だんだんとひまりの育てているレタス畑の中に入り込もうとしていた。

 大切なレタス畑のピンチに気付いたひまりは、渾身の一撃で二人を突き飛ばした。


「私のレタスに何すんのぉぉぉ!!!」


 ドーンッ。とすごい勢いで倒れた二人は、思わぬ一撃によって一気に戦意を喪失したようだ。

 二人はしばらく痛がった後、なんとなくお互いに手を取り合って立ち上がり、はるとの方から先に声をかけた。


「急に掴みかかって、悪かったな」


「俺の方こそ、悪かった」


「ここは今、俺とひまりの町なんだよ。元々はお前の秘密基地だったんだよな?」


「元々じゃなく、今も俺の秘密基地なんだけど?」


 男の子は、不満そうな表情で手招きしてからベースキャンプの方角を指さした。

 男の子を先頭にして三人は一緒に歩き出すと、茂みの中をかき分けながら進んだ。


「……ほら、ここだよ、ここ」


「おぉー、なんだこれ!お前、すごいな!」


 茂みの奥、少し開けたあたりにある大きな木の下、一見するとただの大木にしか見えないが、よく見てみると複雑に伸びた木の枝と茂みを利用して作られた洞穴のような秘密基地がそこにあった。


「お前がこれを作ったのか?」


「あぁ、そうさ!俺が一人で作って住んでる」


 はるとはあえて触れていなかったが、男の子はそう言うと背中に羽織ったボロボロの赤いマントのようなものをバサッとなびかせキメポーズをした後、得意そうに鼻の下を人差し指でこすった。


「マジですごいよお前!中に色々おもちゃとか道具もあるじゃん!すっげー」


「お、おい勝手に入るなよ!俺の秘密基地だぞ?」


 男の子は嫌そうな顔をしながらも、嬉しそうな声で秘密基地の周辺を自ら案内してくれた。


「……ってことで、ここら辺一帯はぜーんぶ俺の秘密基地だから、すぐに出ていってくれよな!」


「いやいや、何を言っているのさ?出て行くのはお前の方だろ?どう見たってここ全然使ってないし、ところどころ壊れてて雨漏りもかなりひどいぞ?」


「はぁ?これは植物の葉っぱを伝って水をろ過してんの!だからこれは天然のウォーターサーバーなんだぜ!すごいだろ?」


「うわっ、お前、本当にこの水飲んでるの?きったねー」


「わ、わりぃかよ?ほのかに自然の風味がして美味しいんだぞ?」


「それは普通に草とか土の味だろ?お前、よくそれでお腹壊さないな……」


「これぐらい普通だと思うけど?っていうか、お前のお腹が弱いだけだろ?」


「……はいはい、そこの仲が良いお二人さん。ということで、今日からは三人で仲良く町を作るということに決定しましたー。パチパチパチー」


 ひまりは強引に二人の手を掴んで重ね合わせると、その上に自分の手を乗せた。


「えいっ、えいっ、おぉー」


「えっ、えい、おー」


「えっ、おぉー」


「ところであなたの名前、なんて言うの?」


「お、俺はあさひ」


「私はひまりで、こっちがはると君。よろしくねっ」


「よ、よろしく……」


 バラバラの掛け声だったけれど、ひまりのお陰で無事に新たな仲間が加わったようだ。これは、いいことなのか?

 こうして三人になったはると達は、仲良く町づくりを始めることになる、のだろうか?

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