第5話 物の価値
来週には梅雨明けが発表されるだろうとテレビで言っていた。
だけど、今日はもう梅雨明けしてるんじゃないかと思うぐらい、ギラギラした陽射しが強いし蒸し暑い。
はるととひまりは翌日、シロツメクサで作った指輪や花冠、ドア飾りが売れたかを確認するために無人販売所へと歩き出した。
「なんだか私、緊張する。売れるはずないと分かってても、心のどこかで期待しちゃっている私がいてさ。もし、売れてなかったらはると君のせいだからね?責任取ってはると君が全部買い取ってよね?」
「せ、責任って……。僕、おこづかいあと280円しか残っていないから無理。ってか、女子のものなんていらねーし!」
「……はると君、ひどいよ。私、一生懸命作ったのにそんな言い方しなくてもいいじゃん」
ひまりは道の真ん中で急にしゃがみ込むと、その場でシクシク泣き出してしまった。
あちゃー、やっちゃった。
とりあず、謝らないと。
「あっ、えっ、えっとー、大丈夫!僕が責任をもってどうにか全部買い取るから!
そ、そうだ、僕の妹にプレゼントしたら絶対喜ぶしさ、だから……さ、泣き止んでよ?」
「買い取るって、どうせ私の作ったものなんて最初から売れるはずないと思ってたってことなんだね、ひどい」
「えっ…?そ、そんなつもりで言ったわけじゃなくて、絶対に売れると思ってるけどね?だ、だけど万が一、万が一何かのアクシデントで売れ残っ……」
はるとは、ひまりからの想定外の追い打ちにアタフタしながらも、必死になぐさめようと頭をフル回転させたが、何も思いつかず、黙り込むしかなかった。
「……あはは!冗談、冗談!はると君だーまーさーれーたーっ」
ひまりはウソ泣きしていたことを明かすと、お腹を抱えて笑い出した。
「おい!本気で焦ったじゃないかよ!どうやってお小遣い前借りしようかとか、お風呂掃除を五回はやらなきゃとか、メッチャ考えたのに!」
「昨日、泥だらけの手で私の腕を掴んだ仕返しだよーっ。私のお気に入りの洋服まで汚れちゃってショックだったんだからね!」
はるとは、何かやり返そうとも思ったが、ひまりが本気で悲しんでいたわけではなかったことが分かって安心したので、やり返すのをやめた。
「……次からは汚れてもいい服で来いよな」
二人はまた一緒に歩き出した。
無人販売所が近づいてくるにつれて、二人のドキドキは高まっていった。
だんだんと見えてくる無人販売所の陳列棚。
隣のキュウリを売っていると思われる棚は補充したばかりなのか、ぎっしりと並べられているのが分かる。
肝心のひまりの作った小物が置かれている棚は―――
焦る気持ちを抑えられずに二人は駆け出した。
「あれ?」
「ない?」
「……トマトに、なっちゃった?」
二人が並べたはずの指輪も花冠もドア飾りも全部、跡形もなく無くなっていた。
確かに昨日、この棚に並べたはず。
いや、間違いなく絶対にこの棚に並べたはずだ。
「……トマトって、シロツメクサから生まれるんだっけ?」
「そんなわけ、ない」
「じ、じゃあ誰かが気が付かずに上からトマトを置いたとか?ちょっと確認してみようぜ!」
はるとは、トマトが載せられたカゴを順番に持ち上げて確認したが、結局どこにも見つからなかった。
先ほどまでの期待と不安に満ちていたドキドキとは違う感じの嫌なドキドキがはるとの胸をキュッと締め付けた。
「か、風で飛ばされたのかも、な?ちょっとその辺見てくるから待ってて」
「待って。もう、いい」
「いや、でも……」
「いいの。どうせ捨てられちゃったのよ」
「そんなわけ……」
「やっぱり私が作った物なんて売れるわけないよね。あんなものなんて、さ。だけど、悲しいなー、勝手に捨てちゃうなんて。あはは」
鈍感なはるとでもすぐに分かった。
ひまりは笑い飛ばしていたつもりだけれど、目からは大粒の涙がこぼれていた。
今度こそどうにかしたいと思ったが、はるとは何も出来なかった。
時折吹き抜ける初夏の風をもってしても、二人の間を漂う重い空気までは運ぶことはできなかった。しばらくの沈黙が続いた。
この空気をどうにか変えようと思ったはるとは、何か話題にできるものはないかと辺りを見渡してみると、あることに気が付いた。
トマトの料金箱の隣にもう一つ料金箱がある。そして、その料金箱には白い封筒に入った手紙のようなものが差し込まれているように見える。
「ん?なんだろう、これ」
はるとは、手紙のようなものを引っ張り出して封を開けてみた。
「ひ、ひまり!これ見てみろ!」
そこには、こんなメモ書きが入っていた。
すてきな指輪、花冠、ドア飾りを作ってくれてどうもありがとう。
町でシロツメクサを見かける度、自分で作ろうと何度もチャレンジしたけれど、
うまく作れたことがなくて諦めていました。
そんなとき、あなたの作ったものを見つけたので、思わず全部買ってしまいました。
ドア飾りの値段が書いていなかったけれど、お代はこれで足りますか?
また作ってくれると嬉しいです。
「……はるとぐぅんーよがっだぁー売れでだんだぁー」
ひまりは、手紙を読んで、ぐしゃぐしゃな泣き顔で喜んでいた。
はるとは、自分の泣き顔を見られないようにひまりの頭を撫でながら空を見上げた。
本当に、よかった。
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