第4話 シロツメクサ

 季節は梅雨明け間近の蒸し暑い時期になっていた。


 ひまりの家は、おじいちゃんが畑仕事をしている。

 畑で採れた野菜をひまりのお父さんが営む八百屋さんで販売していて、ひまりのお母さんは料理教室をしたり、手芸教室をしたり、アクセサリーを作って販売したりしている仲良し家族だ。


 ひまりは、いつもやんちゃな弟の世話をしながら家事をしたり、店番を手伝ったりしている働き者だ。

 はるとはいつも、ひまりはすごいなと思う反面、なぜか自分以外の人と話しているところをあまり見たことがなかったので少し心配している。


「ひまりのお陰で枝豆の葉の色もかなり良くなってきたみたい。ありがとう!」


「やっぱり私がいてよかったでしょー?私がいなかったら、今頃きっと枝豆は枯れちゃってまた一から作り直していたかもね?」


 ひまりは少しだけ自慢げな表情で言ったが、はるとは言い返すことが出来なかった。

 だって、きっと本当に枝豆は枯れてしまい、そのせいでお金が稼げずに新しい道具が買えないままずっと一人で雑草と格闘する日々が続いていただろうと簡単に想像できたからだ。


「……確かに。ひまりがいてくれてよかった、です」


 ひまりにとっては予想外の回答だったのか、顔を赤くして下を向いてしまった。

 その様子を見て、はるとも急に恥ずかしくなってきたので下を向いた。


「と、とりあえず枝豆はもう大丈夫だから、はると君は何か別の作業でもしていたらいいんじゃないかな?」


「そ、そうだね!時間も勿体ないし僕、区画整理でもしてくるから、ひまりは何か適当にやっといて。じゃあ、またあとで!」


 まだ少し恥ずかしかったはるとは、そう言い残すと道具箱を持ち、その場から逃げるように走り出した。


「はると君……何か適当にって言っても道具箱が無かったら私、何も出来ないじゃん」


 声をかける間もなく走り去ったはるとを見て、ひまりは追いかけることを諦めて木陰に座り、何をしようかと考え始めた。


「私が持ってきたのはノートとペンだけ。道具が無くてもできること、か」


 ひまりは、梅雨の合間の貴重な晴天を見上げながらしばらく考えた。

 しかし、自然を相手に紙とペンだけでは、何も出来そうになかった。

 仕方なく視線を空から少し下げると、ひまりはあるものに気が付いた。


「あ!懐かしいな、シロツメクサがいっぱい生えてる。確か、できるだけ茎を長めにとって、もう一本を巻き付けて…」


 ひまりはあっという間にシロツメクサで花冠を完成させた。


「できた!私、まだ作り方忘れてなかった!そうだ、これをベースにクローバーの葉っぱを付け加えて……よし、これでドア飾りの完成っと」


 ひまりは、花冠をアレンジしてドア飾りを完成させると、そのままの勢いでブレスレットや指輪も何個か作った。

 ふと気が付いた頃には、真上にあった太陽は傾き、既に夕暮れ時になっていた。


「おーい!ひまりー、ただいまー」


「あ、はると君!お帰りー」


「今日はどんな感じだー?って、おい、それ……」


「え?あ、えっとね、これは遊んでいたわけじゃなくて、道具が無かったから仕方なく、ね?ほ、ほんとにただ遊んでいたわけじゃなくて……」


 はるとの険しい表情を見て、ひまりは自分が怒られるのではないかとアタフタしながら必死に言い訳していると、はるとが少し大きな声で言った。


「ひまり……最高じゃん!これ、お店で売ってるやつと同じぐらいすごい!」


「そ、そうかな?そんなに自信ないんだけれど……これ、試しに売ってみる?」


「これ、絶対に売れるって!無人販売所に急ごうぜ!日が暮れちゃう!」


 はるとは、泥だらけの手でひまりの腕を掴むと、急いで走り出した。


「はぁ、はぁ、なんとか暗くなる前に着けた!これならちゃんと門限までに間に合いそうだ。ギリギリセーフ」


「もう!はると君ってば急に走り出すから半分しか持ってこられなかったじゃん!ところでこれ、いくらで売るつもりなの?」


「そうだなー、うーん。女子のものはよく分からないから、ひまりが決めてくれ」


「えっ?はると君から言い出しておいて、結局は私任せなの?」


「し、仕方ないだろ!女子のものは女子が決めてくれよ」


「うーん。じゃあ指輪は10円で、花冠は30円、ドア飾りは……」


「はぁ?何でそんなに安いのさ?せめて、指輪は50円、花冠は200円だろ?」


「そ、そんな高い値段じゃ絶対に売れるわけない!このくらい、誰でも作れるし」


「そんなもん、売ってみないと分からないだろ?それに、ひまりが作ったものなんだから、それぐらいの価値、絶対にある!……あっ」


 はるとは、自分が口にした言葉を冷静に振り返ってみて、顔が赤くなった。

 そんなはるとの顔を見て、ひまりも顔が赤くなった。


 門限の時間が近づいてきた二人は、ひとまずはるとが決めた値段をつけることにして急いで帰ることにした。

 帰り道、二人は一緒に歩いて帰ったが、恥ずかしさが残っていたせいでお互い無言のままだった。


 はるとは、本当はそういう意味で言ったんじゃないと弁解したかったけど、だいぶ時間も経ってしまっていたので、今さら言えなかった。

 ひまりは、泥だらけの手で掴まれてちょっと嫌だったけれど、自分が作ったものを褒めてもらえて純粋に嬉しかった。

 だけど、恥ずかしくて『ありがとう』が言えなかった。


 本当はお互いに今日あった出来事を話したかったし、町のこれからについてあれこれ相談したいと思っていた。

 しかし、結局は無言のままお互い家へ帰るための分かれ道に到着してしまった。


「えーっと……あのさ、今日はひまりのことずっと一人にして悪かったな」


「あ、うん。私こそ大したことしてなくてゴメンね。はると君がただいまーって帰ってきたとき怒られると思って私、ドキドキしちゃった」


「ん、そんなこと言ったっけ?ただいまーなんて、まるで夫婦みたいだなそれ。……あっ」


 また、しばらく黙り込んでいたせいではるとは、ほんの少し門限を過ぎてお母さんに怒られてしまった。

 だけど、今日はなぜか怒られても不思議と嫌な気持ちにならなかった。

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