第3話 ふたりのまち

 はるとは、突然現れた女の子の登場にびっくりして、枝豆畑を指さしたまま固まっていた。

 もし『ぼくのまち』のことを周りに言いふらされたら、荒らされるかもしれない。


 どうやったら秘密にしてくれるだろう。

 そもそも、傘で顔が見えないこの女の子は一体誰なのだろう?

 頭をフル回転させているはるとをよそに、女の子は続けて喋り出した。


「はると君は、いつもここで何をしているの?」


「えーっと、い、家じゃ集中できないからここで宿題したり、ほ、本を読んだりしているかな。というか、キミは誰?どうして僕の名前を知っているの?」


「はると君、まさか私のこと忘れちゃったの?ずっと同じクラスだったのにひどい!」


 女の子は、不機嫌そうに口元を尖らせて、はるとに冷たい視線を向けた。

 やっと傘に隠れていた顔が見えたことで、はるとの緊張していた顔が緩んだ。


「なーんだ、ひまりだったのかよ。驚かせやがって」


「なんだとは何よ!私で悪かったですねー。ごめんなさいねーっ」


 ひまりは幼稚園からの幼馴染で、よく一緒に遊んでいた女の子。

 大体いつも同じクラスだったけど、三年生を最後に別々のクラスになって以来、あまり話をしなくなった。

 ひとまず、相手がひまりでよかった。ひまりならきっと秘密を守ってくれるはずだ。


「傘で顔が見えなかったから、ひまりだって気付かなくてさ。ほんと、ごめん」


「まぁ、そんなことだろうとは思っていたから別にいいけど。それよりはると君、さっき私に嘘ついたでしょ」


「えっ、何で分かったの?確かに町のことを誰にも知られたくないから、嘘ついたけど……」


「え、町?町って何のこと?」


「あっ、え?僕は今、町って言った?えーっと、たぶん気のせいじゃないかなー、あはは」


「ほら、今また嘘ついた!」


 ダメだ。ひまりも名探偵だったことを完全に忘れていた。

 これ以上ごまかそうとしても、どうやら無理みたい。

 ひまりなら……まぁ、いいか。


「……僕の負けだ。実は今、この草原に町を作り始めたんだけどね―――」


 降参して開き直ったはるとは、ひまりに『ぼくのまち』のノートを見せながら、町の計画について細かく、全部、アツく語った。

 ひまりはきっと、もう六年生なのに僕がまだこんなことをしているのかとバカにしてくるに違いない。

 しかし、ひまりからは、はるとの予想と違った言葉が返ってきた。


「何それすっごく面白そう!私も仲間に入れてよ!ダメ、かな?」


 ひまりからの意外な返事を聞いたはるとは、とても迷った。

 今までずっと一人で考えてきたし、完成した喜びも上手くいかない大変さも全部一人で味わってきたから、そこに誰かが入ってきたらどうなるのか全く想像もつかなかったからだ。


 もしかしたら、町に突然怪獣が現れてメチャクチャに踏み荒らすかのように、ひまりが勝手に計画を書き換えられてしまうかもしれない。

 でも、もしかしたらもっと素敵な町になるようにアドバイスをくれるかもしれない。


 そういえば、はるとの計画には花屋さんがあるけど、仕入れ先の花畑は無かった。

 もしかしたら、ひまりならお花畑や洋服屋さん、その洋服を作るための裁縫道具屋さんなんてものも提案してくれるかもしれない。


 ―――もし、ひまりがいたら

 ―――もし、ひまりと一緒に考えたなら


 はるとの考えた『ぼくのまち』は、絶対に完璧だと思っていたけれど『ひまり』という存在を意識し始めた途端、はるとの考えていた町にはたくさんの足りないものがあることに気が付いた。


 一人でも十分楽しかったし、満足していた。

 だけど、一人より二人の方がもっと楽しいだろうし、もっとすごい町が作れるかもしれない。

 それに気付いてしまった瞬間、はるとはもうとっくにひまり無しには計画を進められなくなってしまっていたのかもしれない。


「ひまりなら、いいよ。だけど、絶対にぜーったいに二人だけの秘密だからな?

 約束……してくるよね?」


 そう言うと、はるとは右手の小指を差し出した。

 だけど、なぜかひまりは急に下を向いてモジモジし始めた。


「あれ、僕、なんか変なこと言った?」


「い、いや、な、何でもないから気にしないで?」


 ひまりをよく見ると、傘の赤色のせいなのかひまりの顔が赤く見えた。

 だけど、耳もすごく赤いし、目がすごく泳いでいる気がするような……


 そんな様子を見て、なんだか急に僕まで恥ずかしくなってきた。

 差し出した小指を急いで引っ込めると、僕は代わりにノートと油性ペンを取り出した。

『ぼくのまち』と書いたところに二重線を引くと、代わりにすぐ下に新しい町の名前を書き込んだ。



『ふたりのまち』



「……これで、いいよな?」


「いいと、思います……」


 雨粒が傘を叩く音に包まれながら、お互いに赤くなっている顔が元に戻るまで、しばらく何も話さないまま時間だけが過ぎていった。

 こうして『ふたりのまち』は静かに動き出した。

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