第2話 行動開始
翌朝、目が覚めたはるとは、机に出しっぱなしになっているノートに気が付き、あわてて引き出しにしまった。
「あっぶねー、あと五分起きるのが遅かったら起こしに来たお母さんに見つかるところだった……もっと慎重に行動しなきゃ」
予想通り、すぐに部屋の外から僕の名前を呼ぶお母さんの声が聞こえてきた。
「はるとー、もう起きなさいよ?今日は掃除機をかける日だから部屋の扉を開けておいてね」
しまった、完全に忘れていた。
はるとの家では、曜日ごとに食事のメニューが決まっているだけではなく、掃除や買い物まで曜日ごとに予定が全部決まっているのだ。
市役所で働いているお父さんと、パートやPTAで忙しいお母さん。
大人しいけれどまだ世話のかかる妹、そして受験を控えた僕という四人家族なので、できるだけ効率的に生活をするための工夫として曜日ごとに何をするのか決まっているのだ。
「マズい、何かの拍子に机の中を見られたらノートが見つかってしまう。どこに隠せば……」
本棚やベッドの下、昔使っていたおもちゃ箱の中など色々考えたけれど、結局どこに隠しても不安が残る。
新品のノートだから余計に目立つし、表紙に油性ペンで『ぼくのまち』なんて書いてあれば、絶対に中を読まれてしまうに違いない。
「はるとー、早く朝ごはん食べちゃいなさい。まだ寝ているの?」
パタパタと足音が近づいてきた。僕に残された時間はあと10秒もない。
ど、どうしよう…
「はるとー?まだ寝て……あら、起きているなら返事ぐらいしなさいよ」
「お、おはよう。えーっと、時間割揃えるのを忘れてたから確認しててさぁ……」
「ふーん、まぁいいわ。早く朝ごはん食べちゃってよね、今日は朝からPTAの集まりがあるから早く家を出ないといけないの。お願いよ?」
「はーい」
はるとは、教科書とノートを両手で持つと、机でトントンと叩いて揃えてからランドセルに押し込み、リビングへと向かった。
「危機一髪だった…まさかこんなところで、ことわざが役に立つとは思わなかった」
はるとは迫りくる足音が近づいてくる中、とっさに『木を隠すなら森の中』ということわざを思い出していた。
『物を隠すのであれば、似たような物の中に紛れ込ませると見つかりにくい』
という意味を知っていたはるとは、とっさに学校に持っていく教科書とノートの間に忍び込ませたことで、あたかも勉強で使うノートかのように見せることに成功した。
なんとかピンチを乗り切ったと思うけれども、まだ油断はできない。
だって相手はあの『名探偵お母さん』だからだ。
―――だけど僕は知っている。
お母さんが「ふーん」って言う時は、決まって僕のウソやごまかしに気付いている。
だから、今日はこのノートを肌身離さず持って行動しないとダメそうだ。
はるとはまた、いつも通り朝食を食べ終えると、いつも通り学校へ向かった。
それから一週間が過ぎた。
ノートには、区画整理された草原の全体図が更に細かく書き込まれ、お店の建設予定地やデコボコを上手に避けて歩きやすいように工夫された道路が、色分けされて書き込まれていた。
「この一週間ずっと様子を見ていたけれど、この草原は春を過ぎると雑草が伸びてくるのに、草刈りをしないせいで誰も利用していないみたいだ。ということは、誰にも見つからずに本当に『ぼくのまち』を作れるかもしれないぞ!」
はるとは、もう想像するだけでは満足できず、本当にあの草原に町を作ろうと考え始めていた。
「自分史上最高の町を考えたのはいいけれど、実際にこれを一人で作るとなると、とんでもなく時間がかかりそうだ。まずは拠点となるベースキャンプを作って、そこから少しずつ開拓していく方が良さそうだ」
はるとは、塾が始まる前に急いで草原に行くと、北東の方角にある大きな木の近くにある外からは見えづらい場所にベースキャンプを構えることにした。
ひとまずビニールシートを敷いて、お小遣いで買ってきたスコップとチョーク、タコ糸と割りばし、野菜の種を入れた道具箱を置いた。
「頑張って貯めたお小遣いはもうほとんど使っちゃったから、また勉強を頑張ったり、家の手伝いをしたりして貯めないとなぁ。おっと、もう塾の時間になっちゃった」
道具箱を家に持って帰るわけにはいかないので、誰かに取られないか不安だったけれど、見つからないようにベースキャンプに隠して塾へと向かった。
塾の帰り道、走って道具箱を確認しに行ったけど無事だった。
草原に寄り道すると、どうしても帰る時間がいつもよりが遅くなってしまう。
だから、お母さんに怪しまれないよういつも走って帰るから疲れるけど、それもまた楽しかった。
それからも毎日、はるとは欠かさず町づくりを進めた。
もちろん、塾をサボったり成績が下がったりすると怪しまれてしまうので、勉強も欠かさずにしっかりと取り組んだ。
「やった、成功したぞ!枝豆の芽がたくさん出てる!うまくいったぞー!」
はるとは、まず最初に畑から作り始めていた。
はるとが住んでいる町には大きな畑がたくさんあり、住民が誰でも自由に使っていい『無人販売所』が色んなところに設置されている。
無人販売所は、近所の人が作ったネギやトマト、枝豆などが売られていて代金は設置された料金箱に支払う仕組みになっている。
草原の近くにある無人販売所は、ラッキーなことにあまり使われておらず、いつも空きスペースがあることを知っていたはるとは、そこで野菜を売って町づくりに必要なお金を稼ごうと考えていた。
「枝豆ならこれからの時期売れるだろうし、学校の授業で育てたこともある。簡単だし他の野菜よりも早く収穫できるから選んで正解だった。とはいえ、それでも九十日ぐらいかかるから、それまでは手持ちの道具で他の作業もコツコツ進めよう」
ベースキャンプの周りから少しずつ雑草を抜いて道を作り、それぞれの区画が分かるように目印としてチョークを削った粉を区画の四隅にまいていく。
ある程度進んだら、目印の位置に割りばしをさして、それぞれをタコ糸でつなぐ。
これを繰り返すことで、同じ大きさの区画が完成する。そこにお店を構えるのだ。
「ふぅ。今日もだいぶ頑張ったな。だけど、出来上がったのは未だ五マス分の区画だけか。これじゃ完成まで何年かかることやら……」
服に着いた草や泥を手で払いながら、また急いで塾へと走り出した。
季節はもう梅雨に入っていた。
今日は雨。区画整理しようにも目印が消えちゃうし、割りばしも地面が思ったよりも堅いせいでしっかり刺さらないから作業が進められない。
なにより、自分が泥だらけになってしまうと絶対にお母さんにバレてしまうので、はるとは仕方なく東の方角にある展望台エリアへ行き、草原全体を眺めながら梅雨の時期に何ができるかをボーッと考えていた。
「困ったなぁ。雨がやんだとしても、しばらくの間は雑草に溜まった雨つゆのせいで歩くだけでもびしょ濡れになっちゃう。それに地面もぐちゃぐちゃだから靴も泥だらけになる。それよりも今、一番の問題は枝豆の状態があまり良くないことだ。なんだか葉っぱが黄色っぽいし、実が大きく育っていないのは何でなんだろう。ちゃんと売り物になるような枝豆が育つのか不安だなぁ」
学校の図書館で枝豆について調べてみたけれど、原因はよく分からなかった。
肥料を買うほどお小遣いも残っていないし、水やりが足りないわけでもなさそうだ。
「枝豆、僕の枝豆…何で黄色くなっちゃうんだよ。どうやったら元気に育つのかなぁ」
「……それは、陽射しが足りないからじゃない?どこで育てているの?」
「そこに作った畑なんだけど、誰にも見つからないように周りの雑草を伸ばしたままにしているから、確かに陽射しが足りな―――って、誰?」
自分の傘に当たる雨の音が大きかったせいで全く気付かなかった。
とっさに声のする方へ振り向くと、そこにはいつの間にか僕のすぐ隣に赤い傘をさした女の子が立っていた。
傘で顔が見えないけれど、この声どこかで聞いたことがあるような……
それよりも『ぼくのまち』のことをうっかり喋ってしまった。どうしよう。
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