第1話 ぼくのまち

「今日は一番苦手な漢字テストの日なんだよなぁ。今日のテストで八十点取らないと一か月ゲーム禁止にするなんて、お母さんは厳しすぎる……」


 そんなことを考えながら、今日も僕は一人でトボトボと歩いて塾に向かっている。

 僕の名前は、はると。小学六年生になったから中学校受験に向けて勉強中。

 いつもの時間、いつもの道。


「えっと、確かこの角の白い家は魚屋さんにしたから、向かいは八百屋さんにしよう。お魚料理がメインの日は、お肉はなかなか買わないはずだから、お肉屋さんは少し離れた場所にしよう。その方がお客さんを取り合いしなくて済むからね」


 僕は、こんな風にいつも頭の中で理想の町を考えながら歩いている。

 理想の町を頭の中で作っている時間だけが僕が唯一、自由でいられる時間なのだ。


「今日の漢字テストだけは本当に嫌すぎる。絶対に八十点なんてとれっこないし今回は、たまたまお腹が痛かったことにして休んでしまおう。うん、そうしよう」


 はるとは迷いながらも今日、人生で初めて塾をサボることに決めた。

 いつもなら右に曲がるところを今日はまっすぐ進んだ。

 この先にあるのは何もない広い草原だ。


「前に来たのは確か去年の夏頃だっけ。相変わらず広いなぁ」


 草原には何本か木が生えているぐらいで他には何も無い。雑草も伸び放題で誰も利用していない。


「せっかく塾をサボったんだしイヤなことは忘れて思いっきりのんびりしよっと」


 大きな木の下に座ったはるとは、目の前に広がる草原をぼんやり眺めることにした。

 しばらくそのまま眺めていると、はるとはパッとひらめいた。


「実際にある建物を色んなお店にしていくのも面白いけど、何もないところに一から自分で町を作ったら、もっと面白いかも!」


 家から塾への道は住宅街を抜けるルートだったので、はるとはいつも通る道にある建物をお店に置き換えて想像するばかりだった。

 だけど今日は違う。最初から自由に想像できることに、はるとはすごく興奮した。


「よし、さっそく始めるぞ!町づくりで最も重要なことは、利用する人の目線で考えるということだ。最初は区画整理からだ。碁盤の目のように同じサイズに区切って、道路エリアとお店や施設エリアに分けよう」


 はるとは、いつも頭の中で完成した町を最後に必ず絵に描くようにしている。

 地図のように描くことで全体像がハッキリするし、絵に描いた道を指でなぞりながら辿ってみることで、スムーズに買い物をしたり用事を済ませられるかを確かめるためだ。

 こうして最初にしっかりと区画整理をすることで、迷路のような複雑な町にならないよう工夫しているのだ。


「西の方角は、切り株がたくさん残っているから休憩スペースにでもしようかな。北の方角は、丘のようになっているから全体が見渡せたよな。よし、展望台にしよう。確か南の方角には…あっ、もう塾が終っている時間だ!急いで帰らなきゃ!」


 塾で勉強する時間とは違って、楽しい時間はあっという間に終わってしまった。

 外に長くいたせいで冷えてしまった身体を走って温めながら、はるとは急いで家に帰った。


 はるとは、家の少し手前で走るのをやめて呼吸を整えた。

 草原に居たことがバレないようにズボンについていた草をていねいに取り除くと、再び大きく深呼吸をしてから玄関の扉を開けた。


「ただいまー」


「あら、はるとお帰りなさい。汗をかいているみたいだけど、体調でも悪いの?」


「あれ、そうかな?えーっと、たまには運動でもしたいなーなんて思ってさ」


「あら、そう。それよりはると、今日の漢字テストはどうだった?」


「漢字テスト?あー、あれね。えっと、まぁまぁ…だったかな」


「ふーん。なんだかいつもより表情が明るいから、手応えがあったのかと思ったけど、どうやら違ったみたいね。何かいいことでもあった?」


 僕のお母さんはまるで名探偵のようだ。

 いつも通りにしているつもりでも、ちょっとした表情の違いや仕草の違いでバレてしまう。

 これ以上、塾をサボって草原に行ったことがバレないよう急いで証拠隠滅しなくては。


「あー、いや、何もないよ?いつも通りだよ?あ、そうそう、今日は体育の授業でいっぱい走って汗かいたから、先にお風呂入ってくるね」


 はるとはそう言うと、足早にお風呂場へと行き、着ていた洋服を脱ぐと、もう一度念入りに草や葉っぱが着いていないか確認してから洋服を洗濯カゴの奥の方へねじ込んだ。


「ふぅ、ひとまずこれで証拠は隠しきれたでしょ。あとは、今日僕が塾に来なかったことを心配して塾から電話がかかってこないことを祈るだけ…。神様、どうかこの勉強ばかりで可哀想な僕を見逃してください!」


 はるとは神様に強く祈ってからお風呂を出た。

 お風呂を出たはるとは、水曜日の夕食メニュー『いつもの野菜カレー』をいつも通りのペースで食べ終えて、いつも通りに自分の部屋へと戻った。


 本当はたくさん走ったからお腹がペコペコだったけど、ガツガツ食べたり、普段はしないおかわりをすると怪しまれそうなので、今日だけは慎重に行動をした。


「ふぅ。もう夜の九時を過ぎたけど、塾から電話はかかってこなかったな。ここまでクリアできればもう大丈夫なはず!」


 ベッドに横になって一安心したことで急に眠気に襲われ始めたけど、それよりも早く町づくりを想像したいという気持ちの方が強かったはるとは、どうにかベッドから起き上がって机に向かうと、眠い目をこすりながら新しいノートを取り出した。


「まずは町の名前を決めて表紙に書かなきゃ。カッコイイ名前にしようかな。それともたくさんの人が集まりそうな楽しい名前にしようかな。うーん、これは悩ましい」


 まだ何もない町の名前を考えることは、思ったより難しかった。

 ひとまず先に、区画整理したイメージ図や、作りたいお店をリストアップして書き込んだ。

 ああでもない、こうでもないと考えているうちに、コクリコクリと頭が揺れ始めた。


「うーん、今日中に町の名前を決めたかったんだけどな…まぁいいか。眠いし名前はひとまずコレにしよう。何かまた思いついたらその時書き換えればいいや。ということで、おやすみなさーい」


 はるとは、眠い目をこすりながらノートの表紙に油性ペンで町の名前を書くと、ベッドにもぐりこんだ。


『ぼくのまち』

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