附子とプリンと保健室 ②狂言『附子』を語る但馬先輩

 ソファーに腰かけた但馬たじま先輩はトレードマークでもある大きな黒縁眼鏡をかけた。

 実は但馬先輩、目つきが非常に悪い。中高合わせて千三百名ほどいる生徒で五指に入る目つきの悪さだ。

 本人はそれを自覚していて、それを隠すために大きな黒縁眼鏡をかけるようになったらしい。

 これは豆知識であって、あたしのうんちくではない。

「さて、狂言の『附子ぶす』であるが……」

「どうしても聞かないといけませんか?」

「聞きたくないのか? 興味がないのか?」

「もう昼休みもそれほど時間がありませんし」あたしは少し口ごもった。

「では、超短時間バージョンで説明してやろう」

 結局説明するんだ。はあ……

「プリンでも一緒に食いながら聞いてくれ」

「そんなものあったのですか?」あたしは呆れたが、但馬先輩が用意したプリンに目を奪われた。

「風邪をひくとこういうものが食べたくなるのだ」

 そんなことを言いながら、但馬先輩は話を始めた。

「ある家のあるじが、使用人の二人に『附子ぶすという猛毒が入っている桶には近づくな』と言って外出した。しかし留守番の二人は附子という毒が入った桶のことが気になって仕方がない。主から『毒の入った桶から流れてくる空気にふれただけでも死ぬ』と言われていたので、扇を使って空気をはねのけて桶に接近し、中を覗いてみた。そこで目にしたものは何ともおいしそうなものであった。つい誘惑に負けて、附子をなめてみると、毒というのは全くの嘘で、その正体は砂糖であった。二人は奪い合うようにして砂糖を食べつくしてしまった。さてそうなると、主が隠しておいた砂糖を食べつくした言い訳を考えなければならない。ふたりは主が大切にしていた茶碗やら掛け軸やらをめちゃくちゃに壊してしまい、主が帰宅した際には大泣きをしてみせた。主が事情を聞くと、『過って掛け軸と茶碗を壊してしまったため、死んで詫びようと毒だという附子を食べたが死ねなかった』と言い訳した。という話だ」

「なんか、どこかで聞いたことがあるような話ですね」あたしはそう言ってしまってから後悔した。

 そういう反応は但馬先輩の蘊蓄魂うんちくだましいを刺激するのだ。

「身近なものとして、アニメの『〇休さ〇』だろな。『〇休』に出てくる話は、多くが別の僧侶が出てくる話から引用したものらしい。実際、この手の似たような話は日本のみならず各国の昔話でよく見られる。『飴は毒』型とか『和尚と小僧』型とか言われるタイプに分類される昔話だ。原型として有名なのは『沙石集しゃせきしゅう』にある『ちご飴食あめくひたること』だな。和尚が毒だと偽って隠していた飴を小僧が食べてしまい、それをごまかすために知恵を働かす話だ。和尚が大事にしているものをめちゃめちゃに壊して、その責任をとるために死のうとして毒をくらったと言い訳する展開だな」

「なるほど、なるほど」

 あたしは話半分に聞いていた。正直、但馬先輩の話などどうでも良い。

 それにしてもおいしいな、このプリン。どこの店のやつだろ。

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