ある時は文芸部――しかして、その実態は――
はくすや
附子とプリンと保健室 ①鴫野亜実の憂鬱
あたしの名は
読書などほとんどしたことのないあたしが文芸部なんてちゃんちゃら可笑しい。しかしいろいろ縁あって辞めることもなく今も週に何度か部室に顔を出している。
今日はある理由があって不本意ながら昼休みに部室を訪れることにした。
それにしても憂鬱だ。
「失礼しま~す」あたしは部室の扉をノックしておもむろに開いた。
中には部室の主とも言うべき
予想していたが但馬先輩と二人きりになって部室にいるのは非常にストレスを感じる。
部員の多くがそう思うからこそ但馬先輩がいるであろう部室から遠のくのだ。
しかし今日、但馬先輩は奥のボロいソファーに横になっていて、あたしが声をかけてもなかなか起きなかった。
「但馬先輩、具合悪いのですか? でしたらまた改めます」
「ん、
起きなくても良いのに但馬先輩は熊のような大きな体を起こした。
いつもかけている大きな黒メガネを外した目は死んでいる。
起き上がった但馬先輩は慌てて近くに置いていたティッシュ箱からティッシュを掴み出し
「但馬さん、風邪引きました?」
あたしはジト目を向けた。「風邪引きさん」とはできるだけ距離をおきたい。
「まあ、ちょっとな」声が少し嗄れている。「のどが痛くて、鼻水が出て、だるいと思っていたら昨日熱が出た。そして今日は声がかすれて咳が出て、痰もからむ。節々が痛いな」
「もろ、風邪じゃないですか! しかも悪そう!」
「すまんけど水用意してくれんか? そこにペットボトルがあるだろ」
天然水のペットボトル一ケースがあり、箱はすでに開いていた。
「こんなのありましたっけ?」
「これから暑くなるだろ。脱水予防で用意しておいた」
「先輩が運び込んだのですか?」
「ん? 誰かに運ばせたな。誰だったかな? 最近物忘れが激しゅうなって」じじいだ。
「あ、もういいです」あたしはペットボトルを一本但馬先輩のそばに置いてすぐに離れた。
「そんなバイ菌みたいな扱いをしなくても」
「うつりたくありませんから。うつさないで下さいね」
「つれないなあ……」
但馬先輩はどこからか薬を取り出して飲んだ。そしてペットボトルの水を美味しそうにごくごく一気飲みだ。
まさに野獣。弱っていても迫力は半端ではない。
襲われたらあたしは何もできないだろう。せいぜい急所蹴りだ。
「それ漢方薬ですか?」沈黙が耐えられないのであたしは訊いた。
「ああ、これか」但馬先輩は空袋をあたしに見せた。「
「魔王武士砕身刀……」あたしは復唱した。「すごい武器ですね」
「お前、適当に文字変換したな。よく見たまえ」
但馬先輩は空袋をあたしの目の前に突きつけたが、あたしは見もしないで後ろに飛び退いた。
「見よ!」
但馬先輩が寄る。あたしは引く。
但馬先輩が迫る。あたしは逃げる。
「元気じゃないですか」
「薬が効いたな」
「そんなすぐに効くわけないでしょ!」
「可愛い後輩にいじられて目が覚めた」
「良かったですね、感謝してください」
「ありがとう」
漫才はさておき、あたしと但馬先輩は必要な距離を置いて腰かけた。但馬先輩はソファー、あたしはスチール椅子だ。
「ちなみに麻黄附子細辛湯はこう書く」
あたしが漢方薬の空き袋を見ないものだから、但馬先輩は近くにあったメモ用紙代わりのプリントの裏に字を書いた。
「
「毒じゃないですか!」
「薬と毒は紙一重。何らかの鎮静効果を持つものは麻痺させる効果を持っている」
「なるほど」
「この附子がブスの語源だとも言われている」
「ブス?」
「君みたいな美少女には縁のない言葉だろう。不細工のブスだ」
「どういう関係なんですか?」
「トリカブトの毒で顔の筋肉が麻痺して不細工になるところから来たらしい。知らんけど」
「知らないなら言わなくて良いです」
「『附子』は漢方では『ぶし』と読むが、毒の場合は『ぶす』と読む。『毒』と書いて『ブス』と読むのもここから来ている。
「なるほど、なるほど」どうでもいい。
「さらにちなみに附子は狂言にもなっている」あたしは嫌な予感がした。「狂言の『
「知りません」と答えるしかない。
知っていると答えれば言ってみろと言われるからだ。
しかしあたしの「知りません」を聞いて但馬先輩は楽しそうに笑った。
「ならば教えよう」
「良いです、また今度で」
「今度聞くのなら今でも良いではないか」
但馬先輩の「良いではないか」攻撃が始まった。但馬先輩はうんちくを聞かせるのを趣味にしている。
あたしを含めて後輩たちはその餌食になっていた。だからふだん部室は但馬先輩しかいないのだ。
そんな先輩を頼ることになるなんて、あたしは不幸だ。そして憂鬱だ。
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但馬先輩のうんちくを無視したいひとは一つ飛ばしてエピソード3に行ってね❤
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