第三話「私の名前は」

「え……どうしてッ!?」

 少女は一瞬ポカンとした後、動揺しあたふたする。

「悪いけど、他を当たってよ。俺そういうの向いてないからさ」

 少女が何かしらの面倒事を抱えているのは明らかだった。それに巻き込まれるのは避けたい。と壊斗は考えた。

「やっぱり、そう……だよね」

 少女は寂しそうな顔で壊斗から目を背けた。

 ごめん。と再度断りを入れ、立ち去ろうとしたところ、後ろから手を握られた。

「お、お願い……! わ、私、あの人たちに追われてて……帰るお家も無くて……それに、貴方も、もう……」

「……何が言いたい? もう手遅れって言いたいのか?」

 少女は何も答えず、目を閉じてゆっくりと頷く。

 だがそこで壊斗は、神の言葉を思い出す。

 一人を除き、さっきの出来事を無かった事にしてあげる。

 一人。というのがこの子の事を指しているのなら、壊斗がしでかした事は無かった事になる。つまり、騎士たちに狙われているのは少女だけとなるのだ。

「……だから、ね、それなら私と居ても変わらないと思うの。ねぇ……? 助けてよ……お願い……」

 目に涙を浮かべて必死に引き止めてくる。こんな言い合いを繰り広げていれば、必然的に周囲の視線を集める。

 人目に晒された壊斗は恥ずかしくなり、すぐにこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。

「わかったから! ……歩きながら話そう」

 壊斗はそう言うと先を歩いた。少女の表情はみるみるうちに明るくなっていき、待って! と後を追いかけた。


 歩いている最中、少女に問うた。

「で、何で追いかけられてたの」

「え?」

「さっきの騎士みたいな奴らにだよ。確か、護衛隊とか言うやつだっけ」

 その言葉を聞いた瞬間、少女は思わず身体を震わせた。

「やっぱり、知って……るの?」

「さっきの店主に名前をチョロっと聞いただけだけど」

「そ、そうなんだ……」

 少女は、まだ少し暗い表情のままそう呟く。

「……俺、田舎モンでさ。そこら辺の話はよく分からないんだ」

 その一言で、少女は一瞬ホッとした表情に変わった。すると、少女が口を開く。

「あの人たちは、どこかの国の騎士さんだと思う。私が前を見てなくて、一人とぶつかっちゃったんだ。そうしたら、死罪だって」

 壊斗は、死罪死罪って……口癖かよ。と思いつつも、護衛隊とやらの横暴な態度に腹が立ってきた。小さな子供相手に少しぶつかられただけで、大の大人が死罪だって。考えれば考えるほど苛立ちは増すばかりだった。


「なぁ、ソイツら全員潰してやるって言ったら、どう思う?」

 壊斗は、そんな言葉を口にしていた。自分の能力を試す良い機会だと、壊斗は考えた。

「そ、それは……」

 少女は言葉がしりすぼみになっていき、口ごもる。しかし、少女がどう答えようと壊斗はやる気満々だった。


 ただ、満身創痍になっていたのも束の間、壊斗は神の言葉を思い出した。

 この力は消耗品。いつ無くなるかは分からない。もしかしたら、戦っている最中に消えてしまうかも知れない。

 その言葉を思い出し、怖くなってしまった壊斗は。

「……ま、まぁ。争いは良くないか」

 それが、冷静に考えて出した答えだった。嬉しいことに、少女もそれに乗っかってくれた。

 ただ、護衛隊に腹が立っているのも事実。……壊斗は腹を決めた。

「一旦、そこの路地裏に入ろう」

 壊斗は近くの路地裏を指差しながらそう伝えた。



「さっきの件、分かったよ。君のボディーガードになってやる」

「ほんと……!? やった! ありがとう!!」

 少女は、さっきと同様、分かりやすく感情を顔に出し、嬉しさのあまり飛び跳ねて喜んだ。

「ただ、さっきの奴らがまた戻ってくるかも知れない。君だけでも軽く変装した方が良い」

 路地裏に入ったことで、人目を気にすることがなくなり安堵した。

「でも私、この服以外何も持ってなくて……お金も……」

「ちょっと待ってな」


 少女のあまり綺麗とは言えない見た目に、壊斗は内心、ちょっとだな……と思いつつも、上着を貸すことに決めた。

 だが、パーカーを脱ごうと袖の方を引っ張ろうとしたとき、ビリッ! という音を聞いた壊斗は、石のように硬直した。

 袖が少し破けてしまったのだ。

 壊斗は分かりやすく隅で体育座りをして落ち込んだ。

「だ、大丈夫……?」

「……まぁ、ずっと着ているわけには行かないから、いつかはこうなってただろうけど……」

 大きなため息をつく。

 少女は壊斗に手を差し伸べようとしたが、途中で引っ込めた。

「私、裁縫は得意なんだ。後で直してあげるね!」

「あぁ、ありがとう。後さ」

「悪いんだけど……脱がせてくれない?」

 壊斗はそう申し訳なさそうにお願いをした。


「……くっそ、脱ぐのも一苦労だな」

 パーカーを脱ぐのを少女に手伝ってもらい、何とか手渡すことが出来た。

「しばらくの間は、これ着てて。フードも被れば軽い変装くらいにはなるだろうから」

「わ、ちょっとブカブカ……!」

 パーカーを着た少女は、フードを被り、破けてない方の袖をフリフリと振った。

「それ、俺が中学の時のやつでさ。……思い出の品っていうか、大事なやつだから、大切に着て欲しい」

「……うん、分かった!」

 哀愁漂う表情をした壊斗に気付いた少女は、すぐに言葉を返した。

「ありがとう。……ところで君、名前は? 今思い出したけど、そういえば聞いてなかったなって」

「俺は壊斗って言うから、気軽にそう呼んでよ」

「カイト……よろしくね!」

 エメルと名乗る少女は、照れ隠しするかのようにフードを深々く被った。

「君は、なんて言うの?」

「私の名前は………エメル」

 そう名乗る少女は、少し表情が暗くなったが、フードを被っているからか、壊斗はその事に気が付かなかった。

「エメルか。よろしく!」

 壊斗は手を差し出して握手を求めた。自分から力を入れることはせず、相手の方から握られるのを待った。

 エメルは嬉しそうに壊斗の手を握った。これから、良好な関係を築き上げていけると信じて。

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