カイヴィア大陸
第二話「在り来りな異世界」
目が覚めると、暗闇の中に居た。ゆっくりと顔を上げる。腕を枕にしてテーブルに突っ伏していたようだ。窓から光が差し込む席で、空になったコップが目の前に置かれていた。辺りを見回すと、古き良き喫茶店の光景が広がていた。
あれ……俺、異世界に転生させられたんじゃ……さっきのは悪い夢だったのか……? でも、喫茶店なんか行ったっけ。
眠い目を擦り、チラッと窓から外の景色を見てみると、通り過ぎる人のほとんどが動物の耳やしっぽを生やしていた。ぴょこぴょこと動くそれは、コスプレ等では無いと確信出来る判断材料だった。
もう一度、目を擦り窓の外を見る。中には、ほとんど動物の姿のまま二足歩行をしている個体もちらほらと。種類は多種多様で、オオカミや鳥などが人のような体格で、人と同じように二足歩行しており、とても気味が悪く感じた。
そして、よく周りをもう一度見渡してみると、客や店主までもが、動物の耳を生やした獣人のようだった。
「まじかよ、これ……」
冷や汗をかきながら、ハハッと笑ってしまった。常識外れな状況を目の当たりにし、不安さが増していく。
「……なんだろ、この袋」
ふいに下を見た時、腰に見覚えのない巾着袋が巻かれていることに気がついた。壊斗は恐る恐るそれを手に取ろうとする。
しかし、劣化していたのか、袋は簡単に避けてしまい、中身が床に散らばり、不規則に回りながら、やがてゆっくりと止まった。
「あ……破けた」
そう呟きながら落としたものを拾い上げようとすると、奥から店主が声を掛けてくる。
「兄ちゃん、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。袋が破けちゃって」
バーカウンターから熊の耳を生やした店主がこちらへ向かってきた。
「拾うの手伝うぜ」
「ありがとうございます」
「……なんだ? 俺の顔に何か付いてるか?」
普通に生活していたら見ることの無い、熊耳を生やした中年男性を、物珍しさからか無意識にジッと見つめてしまっていた。
「いえ、すみません……」
慌てて落とした物を拾おうと軽く摘むと、簡単にぐにゅっと曲がってしまった。指を離して見てみると、潰れたそれは、銅色の何かであるという事だけが分かった。
「兄ちゃん、すげぇ力だな! この銅貨、相当硬く出来てるのによ!」
「銅……貨?」
そう呟きながら、落ちている物の方に視線を移すと、床には見慣れない模様が刻まれたコインが広がっていた。数は全部で十枚。店主が拾い上げてくれた銀色のコインが三枚に、床に残された銅色のコインが七枚。これで、さっき壊斗が摘み潰した物は、銅色のコインであることが分かった。
壊斗は、もしかしてこの力って……と思いつつ、再び潰さないよう優しくゆっくりとコインを拾い上げた。
「これで全部か?」
店主はそう言って残りの銅貨も合わせて、銀貨を手渡してくれた。
「はい、ありがとうございました。じゃあ、このままお会計で」
「おう、兄ちゃんが頼んだのは……ベリージュースだったな。銅貨三枚だ」
「銅貨って、これ……?」
「ん、どうした? 兄ちゃんの手にある"それ"だろ?」
店主は、壊斗の手の平にあるコインを指差して言った。
「これが、銅貨……」
このゲーセンのコインのようなものが、異世界の通貨なのか。と思いつつ、銅貨とやらを手の平で数え、そっと差し出した。
「……丁度受け取った。ありがとな! 面白いもん見せてもらった! 次来た時に何かサービスするよ」
「ご馳走様でした」
残りのコインをズボンのポケットに入れながらそう挨拶した。
「あ、あと一つだけ聞きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」
この機会を逃したら面倒な事になると考えた壊斗は、店主にそう声を掛けた。
「おう、何だ?」
壊斗は、この世界の常識を自然に聞くために、言い訳を考えついていた。
「俺、田舎モンで……このお金の価値がイマイチ分かってなくて。銅貨が何枚でこの……銀貨? になるんでしたっけ?」
こんな言い訳が通るのか、当の本人ですら分からなかったが、一か八かに賭けた。
「あぁ、そんなことか。銅貨が十枚で銀貨一枚と同じ価値になる。銀貨から金貨も同じだ」
「そうなんですね、ありがとうございます! 助かりました」
今気になることはこれだけだったので、ここで話を切りあげることにした。次にまた気になることが出来たら、その時に誰かに聞こうと決めた。
「おう、気ぃつけて帰れよ。さっき、"護衛隊"の奴らが
「護衛隊……?」
すると、ドアの窓越しに少女が走り過ぎるのが見えた。淡い緑色のツインテールに、赤色に近い瞳、服は汚れて薄黒くなったであろう白いTシャツを着ており、その見た目のわりに、首には緑色の宝石が付いたネックレスを付けている。
「あの子、どうしたんだろ」
その後ろを甲冑を来た人物が追い掛けていた。
「ゲッ……噂をすればってやつだな……兄ちゃん、面倒事に巻き込まれる前にさっさと帰っちまった方がいいぜ!」
「わ、分かりました。ご馳走様でした」
店主の忠告通り、早くここから立ち去る為、ドアを開けることに集中した。握り潰さないよう、優しくドアの取っ手を掴む。しっかりと人が来てないか確認した後に。しかし、いざ開けようとした時に思ったより少しだけ力が入りすぎてしまい、取ってを握り潰しながら前に勢いよく開いた。そこで、運悪く走ってきた人物にぶち当たり、その勢いで反対側の建物まで吹き飛ばされた。
「あ……」
「───貴様ッ!! 何をするッ!!!」
先程の重そうな甲冑を身に纏った騎士のような者が、振り返って剣を引き抜き、こちらへ向かってくる。さっき吹き飛んだのも同じく騎士であり、二人は緑の少女を追いかけていたようだ。
「すいません! 別にわざとじゃ───」
すぐに謝罪をし、とっさに出てしまった言い訳を引っ込める。騎士は、そんな事お構い無しに壊斗の顔の前に剣先を向ける。
「言い訳をする気か? 理由が何であれ、我らに暴行を加えた。この事実がある以上、貴様の死罪は確定した。この場で処す」
冷たく告げ、構えた剣を振り下ろした。目で追う事すら難しい鍛えあげられた剣技の前で、壊斗はどうする事も出来ず、咄嗟に攻撃を防ごうと腕を前に出した。
すると、剣は壊斗の腕に触れた瞬間バキッと音を立て、へし折れた。折れた剣先が地面に刺さる。
「───なんだとッ!?」
騎士は冷や汗を吹き出して驚いた。
「くそッ!貴様のせいで逃がしてしまったッ!! ……顔は覚えたからな。この事は王に報告させてもらう」
そう吐き捨てると、すぐに走り去ってしまった。
「くそ、何なんだよ……」
一瞬で色んな事が立て続けに起こりすぎて、思わず頭を抱える。
その時、パチン。と音が鳴り響き、ガヤガヤとうるさかった野次馬の声が止み、自分以外の全ての動きが止まった。まるで時が止まったように。
『いやぁ、災難だったね。無事でよかった。……君と話をする為に、時間を止めさせてもらったよ』
唖然とした表情をした壊斗だったが、あぁ、何でもありなんだな。と納得し、一息ついた。
「その声は……もう、遅すぎっすよ。時間を止められるなら、もっと早く止めてくれれば……こんな騒ぎにはならなかったのに」
『まぁそう怒りなさんな。結果命拾いしたんだから良いじゃないか』
「楽観的過ぎでしょ……で、何か用ですか?」
『伝え忘れた君の能力について、ここで話しておこうと思ってね』
「俺も丁度知りたかったところです。力の調節が分からなくて店に迷惑かけちゃいましたよ」
『……簡単に言うと、君の能力は"身体能力の超強化"だ。それは君の意思関わらず、常に発動し続ける』
「……だからか。まるでコントロールが効かなかったのは」
『その事なんだ、一番伝えたいのは。君の能力には欠点がある』
「それが、使い勝手の悪さってことですか?」
『そうだね。コントロールの難しさ、それが一つ目』
「一つ目って……まだ何か?」
『欠点はもう一つある。それは、その能力は有限だってことだ。君の能力は、言わば"消耗品"なんだ。使う度に徐々に力が薄れていき、やがて尽きてしまう』
『それがいつ無くなるか、どのくらいのスピードで消耗していくか。それは僕にも分からない』
「それって、つまり……この力には、限りがあるって……?」
『そういうことになるね』
数秒の沈黙の後、神が口を開いた。
『伝えたかった事は伝えられたし、僕はそろそろお暇するよ』
「え、ちょっと……! せっかく時間を止めたんなら、もっと色々とッ!」
『詳しいことは自分で聞いて回りなよ』
「そんな……!」
『これが、僕からの最後の手助け。一人を除き、さっきの出来事を無かった事にしてあげるよ。……じゃあね』
そう言い残し、カイヴィアは指を鳴らす。すると、何事も無かったかのように時が動き出した。それに伴い、壊斗を囲むように集まっていた野次馬達も居なくなっていた。それどころか、破壊された店のドア、騎士が突き破った建物までもが修復されていた。だが、壊斗にはそんなことを気にしている余裕は無かった。
「まじかよ……俺この先、こんな世界で生きてけねぇって……」
波乱万丈であろう未来に絶望し、しゃがみこんでしまった。だが、一人だけ壊斗に近付く者が居た。
さっきの通りすがり少女だ。
「さ、さっきはありがとう。あなたのおかげで、あの人たちから逃げられた。……それよりも、あなた強いね! 護衛隊の二人をあっという間に倒しちゃうなんて!」
壊斗は、ま、まぁな。とカッコつけて返事をした。見栄を張っただけで、自分の実力じゃない事は重々承知だったが。
「あなたの力を信じて、一つ頼みたいことがあるんだけど、いい?」
「駄目だ。じゃあ、俺はこれで」
面倒事に巻き込まれるのはごめんだった。すぐに騎士……護衛隊とやらが向かった方とは逆の方向に歩き始めた。
「待って! ……しばらくの間、私のボディガードになって欲しいの。お願い!」
少女は、手を合わせてそう頼み込んできた。
この子、人の話をまるで聞いていない。最悪だ。面倒事に巻き込まれた。
「勘弁してください」
壊斗は今までに無い位に深々く頭を下げ、丁重にお断りをした。
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