おとしもの
うなぎ358
お・と・し・モ・ノ
ひたひたひた……。
ボクの背中に、べったりと貼りつくように”何か”がいる。
「コレ拾ってからだよな?」
四畳半の自室の中央に、少しくたびれて所々に黒いシミと傷がついた茶色のボストンバッグが無造作に置いてある。
中身は知らない。
いや。
“知ってはいけない”
と、
感じるのだ。
拾ったのは一週間ほど前だったか? 会社帰り。いつもの通勤ルート。ポツンと道の隅に、隠すように置かれたボストンバッグが妙に気になって手に取ってしまった。拾ったのはいいが、本能が”危険だ”とボクに訴えかけてきて、背中にゾクリと冷たい震えが走る。不気味に思って、すぐに交番に届けようとした。
が……。
何故だか、ボストンバッグはボクの手から離れなかった。
と、言うよりも交番には誰も居なかった。
その瞬間、面倒くさくなって決心は鈍ってしまう。
「捨てるか?」
交番から近い駅前の公園に入り、辺りを見回しながらゴミ箱を探す。比較的広い公園は休日や昼間には、子供連れの親子で賑わっているが、今はぼんやり黄色い光を放つ街灯のみで誰もいない。
ここでも問題が起きた。
最近はゴミ箱を置かない公園も増えたおかげで、捨てる事も出来なかったのだ。
「仕方ない。トイレにでも置いとくかな……」
公園には必ずあるはずと思い、遊歩道の案内版に従ってトイレを目指す。
が、
トイレの出入り口には、黄色いテープが貼られ『故障中』の看板が立てかけてあった。
だから、どうする事も出来ずに持ち帰ってきたのだった。
そんな訳でボストンバッグは未だに、ボクから離れず自室に置かれたままだ。
そして今もまだ、
ひたひたひた……。
と、
冷ややかな吐息のような風と共に”何か”の気配が、ボクに纏わりついて離れない。部屋にいても、外に出ても、どこまでもついてくる。
「なんで捨てられないんだ?」
溜息と共に、ボストンバッグの前に膝をつく。
『ソレは、お前の大切だったモノだろう?』
ひたひたひた……。
ピタッ。
すぐ耳元で、地鳴りのような低い声が囁いた。振り返ると、揺らぐ黒い影がボストンバックを指差す。
「こんなモノ知らない!」
『知らぬ訳なかろう? 私は”堕としモノ”を届けたのだからな……』
影の中央部分が赤く裂け、ニタリと笑った気がした。いつの間にか爪が食い込むほど手を握り締め、滝のような汗が全身をつたい落ち畳を濡らす。
「ボクは何もおとしてない!」
ガチガチと歯が鳴って、息も詰まりそうだ。耳を塞いでも目を閉じても、影はピタリとくっついて離れない。
『では、お前のモノだという証拠を、私が見せてやろう』
ジジジジジィィィーーー……。
ボストンバッグのファスナーが開く音が、やけに大きく響く。
『ほら、よく見ろ』
両頬を冷え切った”何か”につかまれ無理矢理、瞼をこじ開けられる感覚がした。
「うわぁぁぁ!!」
半分ほど開いたファスナーから、溢れるように這い出すように出てきたのは白骨化した死体。
「……ハァ……ハァ……」
その瞬間、思い出した。
四年半、一緒に暮らした大切な彼女。朝も夜もご飯も作ってくれて掃除までして、いつでも支えてくれた優しくて気遣いの出来る女性だった。
彼女はほんのり頬を染め、ボクが同性でも構わないから愛してると言って、結婚指輪を買ってきて渡してくれた。
同性だからこそ、わずらわしいと思う事も確かにあったけど、それでもボクは心から歓喜した。
ボクも彼女の事が好きだった”はず”なんだから……。
なのに何故だか恐怖と不安が入り混じり、そんな自分に激しい怒りを感じて、
そして……。
気がついた時には、ぐったりと横たわる赤黒く染まった彼女を、震える両手で抱きしめていた。
『それは私の声に、お前が応えたからだ』
「よく分からない! こんな事!!」
……望んでなんかいなかった。
『本当に? 本当に望んでなかったか?』
ゆっくり頷くと、再び影の中央が裂けニタニタ嫌な笑みを浮かべ、ボクの身体を包み込む。
『私は”闇に堕とすモノ”』
「闇に?」
『よく魔がさしたと言うだろう?』
クックックッ……。
本心を曝け出して本能に従え。
もっと深くに堕ちてこい……。
おとしもの うなぎ358 @taltupuriunagitilyann
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