第3話 卒業パーティー

「あら、ごきげんよう。エリザベト様」

「ごきげんよう。シビラ様」

「やあ。お久しぶりです、シビラ嬢」


 卒業パーティーの会場でいち早く俺たちに声を掛けてきたのは、シビラ様だ——『恋セレ』での俺の最推しだ。


 シビラ様は、腰まで届く艶やかな黒髪のストレートで、菫色の瞳は透明感があって涼やかだ。いわゆる、清楚系の美人だ。

 本日は瞳の色に合わせた、淡い菫色のドレス姿だ。ヘアアレンジは最小限に、黒髪の美しさを魅せつけてくれるらしい——控えめに言っても、最高です!


「エリザベト様、貴女にはそのドレスはくどすぎてよ。王太子殿下の婚約者には相応しくなくてよ」


 俺もシビラ様と全く同意見です。


 エリザベトお嬢様は、悪役令嬢らしく盛っていてキツめに見えるが、実は正統派の美貌をお持ちだ。もっと上品で綺麗めなドレスの方が似合うと思う。


 でも、今朝エリザベトお嬢様の身体の中に意識が入ったばかりで、「ドレスを変えて」とは言い出せなかった。そもそも替えのドレスがあるのかも分からなかったし。


 俺が誤魔化すように微笑むと、シビラ様は口元を扇で隠して、もじもじと視線を逸らした。どこか恥じらう感じが可愛い。


 そういえば、シビラ様は「やり手の公爵子息ルート」のライバル兼悪役令嬢のはずだが……今日は婚約者はどうしたんだ? どこ行った??


「エリザベト様も、ご家族の方がエスコートされてますのね……」


 シビラ様が目線を伏せて、小さく溜め息を吐いた。黒々と長いまつ毛が白い肌に影をつくって、芸術品のようにお美しい……


 って、俺も?? どういうこと???


 俺が疑問に思っていたのが顔に出てたのか、


「今にわかりますわ」


 と言って、シビラ様は目線を会場のあちこちに向けた。


 シビラ様の視線の先には、攻略対象の宰相子息と騎士団団長子息の婚約者の令嬢たちがいた。

 彼女たちも、どうやら兄弟や従兄弟がエスコートをしているようだ。


 なお、魔法学園の先生に婚約者はいない。


 ま、まさか、今回のヒロインは……!?



「お集まりの皆様、お待たせいたしました。今宵の魔法学園の卒業パーティーを始めましょう。ですが、パーティーを始める前に、皆様にご報告したいことがございます」


 王太子マルセルが、壇上に上がって宣言した。


 マルセルは攻略対象者らしく、さらりとした銀髪プラチナブロンドに紫色の瞳で、貴公子のような美形だ。——黙ってれば、な。


 マルセルがエスコートして隣に連れているのは、ピンクブロンドのツインテール男爵令嬢——ヒロインのクリスティアーネだった。


 クリスティアーネは、垂れ目気味のぱっちりと大きな瞳で、幼めな顔立ちの美少女だ。

 チラリとこちらを見られた時、なぜか彼女が勝ち誇ったようにニヤリと笑ったような気がした。


 マルセルとクリスティアーネの周囲を固めるように、攻略対象の宰相子息、騎士団団長子息、公爵家子息、魔法学園の先生が並び立った。

 攻略対象者は全員イケメンなので、壇上がやけに美麗で眩しいことになっている。


——どうやら、ヒロインは最難関の「全員攻略ルート」に進んでいたようだ。



「早速だが、エリザベト。お前との婚約を破棄する! 俺は真の愛に目覚めたんだ!!」


 マルセルは声高らかにアホなこと叫ぶと、隣にいるクリスティアーネを抱き寄せた。


 クリスティアーネは、不安げにマルセルに掴まっていて、大きな瞳でうるうると彼を見上げた。


「…………」


 そんなクリスティアーネの様子を見て、王太子のテンションがあからさまに下がった。


 やめろぉおぉおおっ!!! 王太子の選択肢で凡ミスすんじゃねぇ!!


 すげぇ残念そうな顔してんだろ、王太子! ドMなんだよ、そいつはっ!! マルセルのMは、ドMのMだっ!!!


 そこは「王太子にだけ分かるように、『さっさと終わらせろ』と冷たく見据える」だろ!!!


 ここで好感度を下げるなっ!! 俺が婚約解消できなくなるだろっ!!!


 俺の心の中では大嵐が吹き荒れた。


 俺の不安げな様子が伝わったのか、隣にいたシビラ様が、気遣うようにそっと俺の背中に手を添えてくれた——俺のシビラ様への好感度が、ギュンッと上がった。


「しかも、お前はクリスティアーネを虐めていたそうだな。彼女に悪口を言い、彼女の教科書やドレスを破き、さらには階段から突き落としたそうじゃないか——全て、クリスティアーネが証言してくれた。そんな者は、将来の王妃に相応しくない!」


 マルセルはビシッと俺を指差し、堂々と言い放った。


「エリザベト様! どうか、あなたのためにも罪を認めてください!」


 クリスティアーネが涙ながらに、悲劇のヒロイン風に叫んだ。


 何が俺のためにだ。「私のため」の間違いだろう?


 エリザベトお嬢様の記憶でも、どうやらヒロインとは一切関わってこなかったようだ。「あの子、ヤバい」って……婚約者持ちの男性に声を掛けまくって、周囲から浮いていて、相当引かれていたようだ。


「私、そんなことしてませんわ。そもそもクリスティアーネ様と関わったことはございませんし、お話ししたのも本日が初めてですわ」


 婚約破棄はともかく、やってないことはきちんと反論させてもらう!


「この後に及んで嘘をつく気か!?」


 マルセルが睨みつけてきた。


 だが、やってないものは、やっていない。

 俺が何か反論しようと口を開きかけた時——


「一つ、発言をよろしいでしょうか?」


 シビラ様が小さく挙手した。


「何だ?」


 マルセルがイライラと、反射的に尋ねた。


「私はエリザベト様とは同じSクラスで、授業はずっと同じでしたし、放課後の淑女クラブも、茶会やパーティーでもよく一緒してました。エリザベト様は、クリスティアーネ様の悪口どころか、クリスティアーネ様のことを話されたことは一度もございませんでしたわ」


 シビラ様が、静かにクリスティアーネを睨み上げた。


 クリスティアーネは、びくりと小さく跳ねて、小刻みに震えている。


「それに、クリスティアーネ様の持ち物については、ご自身で破られているのを見た者がございます。階段の件についても、確か大勢の目撃者が……皆様、いかがでしょう?」


 シビラ様は会場をぐるりと見回して、意見を求めた。


「私、クリスティアーネ様がご自身で教科書をこっそり噴水に捨てているのを見たことがございますわ」


 宰相子息の婚約者のモニカ様が証言してくれた。「宰相子息ルート」のライバルで悪役令嬢だ。


「私も、たまたま廊下を歩いていた時に、空き部屋でご自分のドレスを傷つけているクリスティアーネ様を見ました」


 騎士団団長子息の婚約者のアデル様が証言してくれた。「騎士団団長子息ルート」の以下略。


 他にも、「私も見ましたわ」「自分でコケて階段から滑り落ちてたよな」という声が、ざわざわと観衆から聞こえてきた。


「ぐっ……」


 マルセルが悔しそうに声を詰まらせた。

 クリスティアーネも、顔を真っ青にして震えている。


「アデル! クリスティアーネの悪口を言うとは、相変わらず卑怯な奴だ!」


 騎士団団長子がバカでかい声で怒鳴った。


「あら、もう婚約者ではありませんのよ。気安く名前を呼ばないでくださる? それに、悪口ではなく、事実を言ったまでですわ」


 アデル様が冷たく言い返した。


「私もそうですが、モニカ様もアデル様も、すでに婚約破棄しましたわ。どうやら、お相手方がとある女狐に誑かされたようですの」


 シビラ様が扇で隠しつつ、俺の耳元でこっそり教えてくれた。


 シビラ様の声は澄んでて、しかも可愛い。ゲームで担当していた有名な声優さんの声のままだ。

 もちろん、俺のハートは鷲掴みだ。


 って……えぇええっ!? もう全員、婚約破棄してんの!!?


——これは、俺も婚約破棄の波に乗らねば!


「マルセル殿下。婚約解消の旨、了承いたしました。ですが、クリスティアーネ様のことにつきましては、謂れのない全くのデタラメでございます。証言者が何人もございます」


 俺は淑女らしく口元を扇で隠して答えた。


 これで、とりあえず「♂バレする前に、王太子との婚約を白紙に戻す」というミッションはクリアだ。


「……そんなはずはない! クリスティアーネが証言しているんだぞ!」

「いい加減にせい!!」


 マルセルがさらに言い募ろうとすると、別方向から威厳のある声が響いた——国王様の入場だ。


 俺は反射的に優雅にカーテシーをしていた。さすが、完璧主義なエリザベトお嬢様だ。


「ですが、父上!」

「マルセルはしばらく頭を冷やして来い。エリザベト嬢、愚息が申し訳なかった。このような場で、こんな愚かなことを……愚息との婚約解消を認めよう」


 マルセルがさらに言い募ろうとすると、即座に国王様が遮った。渋々、婚約解消も認められた……ラッキー!


「恐れ入ります」


 俺は粛々とお辞儀をした。


……あれ? 俺、何もやってないよね? 本当に流れに身を任せてただけだよね?



 王太子とヒロイン、その取り巻きたちは、衛兵に連れられて退場していった。


 国王様夫妻も一緒に退場されたので、これからお叱りを受けるんだろう……


「エリザベト様。大変でしたわね。まさかこのような場で、あのようなこと……心中お察しいたしますわ」


 シビラ様が元気づけるように、両手で俺の手をきゅっと握った。

 やった! 役得だ!


「いいえ。シビラ様のおかげで謂れのない罪に問われることはなくなりましたわ。本当にありがとうございます」


 俺がにっこりとお礼を言うと、シビラ様の頬にぽぉっと薔薇色がさした。


 シビラ様は恥じらうように視線を外された。


「お、お役に立てて光栄ですわ。……その、エリザベト様、今度お茶会をいたしませんか? このようなことがあった後ですもの。気晴らしも必要でしょう?」


 シビラ様が頼りなさげに見上げてきた。菫色の瞳には薄っすら潤んでいて、目元は少し赤らんでいた。俺の手を握るシビラ様の手も少し震えている。



 エリザベトお嬢様の記憶が流れてきた。


 魔法学園では、同じSクラスでよく勉強会を開いたり、一緒に課題をこなしていたようだ。


 放課後の淑女クラブでも、楽しく刺繍や詩歌の練習をしたり、立派な淑女になるべく意見交換したり、流行りのものについて調べたりしていたようだ。


 茶会や社交の場でも、さりげなくシビラ様がサポートしてくれていたようで、エリザベトお嬢様は、心から彼女を信頼していたようだ。


——エリザベトお嬢様は、本当にシビラ様と仲が良くて、良い関係を築いていたんだな……



「ええ、是非。お誘いいただいて、嬉しいですわ」

「良かったわ。また後日、正式な招待状をお送りしますわね」


 俺が快諾すると、シビラ様は花が綻ぶように艶やかに微笑まれた。


 つい見惚れてしまったのは、秘密だ。



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