25 「お隣の彼」

 王太子マクシミリアンが正式に王族から除籍され、次なる王太子が立太子する。


 その初となる正式なお披露目の会場、城内の大広間は貴族たちや高級官僚、軍の幹部などが国王チャールトに召集され一堂に会していた。


 水面下で噂されていた次期王太子の存在。それがこの日、ついに明らかになるとあって皆が色めき立っていた。


 シルフィアは槍を持つ手を握り直した。


 アレクサンドラがきっと、次期王太子に連れられて表舞台に現れるのだろう。


(アレクサンドラはそれはそれは優美なドレスをまとっているのでしょう。彼女は青が好きだから、きっと青で)


「国王陛下のごにゅうらい──!」


 大広間の玉座が置かれ高くなっている荘厳な壇の下に控えた侍従が朗々と声を張り上げた。


 国王チャールトが誰かを伴って、壇の背後にある厚織りの天鵞絨ビロードのカーテンから姿を現した。


 チャールトのそばに立つ人物を目にして、シルフィアは全身が凍りつくようだった。職務でチャールトの警護をしているのか、との理解をしかけたが、「彼」は近衛騎士の制服ではない、装飾の凝らされた礼服を着ている。


 ざわめく会場をチャールトの声が静めた。


「皆の者、大儀だ。──さて、この場に集まるよう命じたのは他でもない。我が息子、アルベルトの立太子を表明するためである」


 シルフィアの見間違いでも聞き間違いでもない。「彼」で間違いないのだ。思い返してみれば、今までにおける彼の言動、全てに得心がいく。


──彼の引っ越し先は、ここ……「王城」なのだ。


 ◇


 怒涛のお披露目式が終了したのち、シルフィアはその場に立ち尽くしていた。集まっていた人垣が徐々に大広間から退室していき、今日の任務もそれで終わりだった。等間隔で並び警備をする武装した衛兵たちの一人だった。


──「王太子殿下」がこちらに一歩、また一歩と近づいてくる。


 均整の取れた長身を礼服に包み、蒼い瞳でこちらを真っ直ぐに見つめる精悍な美丈夫。


 任務中のシルフィアに用事はないはずだ。なぜ、こちらにやってくる? 自分の後ろに誰かが──アレクサンドラがいるのだろうか、と疑念の眼差しを向けたいところだが、彼の視線に射すくめられ、氷の彫像になってしまった身体はぴくりとも動かすことができない。自分はただの衛兵にすぎないのだ。


『今まで……ずっと黙っていた』


──どうして、彼は私に話しかけてくるの?


『謝って済むことではないと思う』


──どうして、私は今まで少しも気づかなかったの?


『それでも、きみと一緒にいたいんだ』


──どうして、私は彼から目が逸らせないの?


 戸惑う手を彼に取られて、丁重にエスコートされ、応接の間に連れられたとき、シルフィアはようやく自分の状況を理解した。


 応接の間のソファには、国王チャールトはもちろん、シルフィアの両親、クラウフェルト子爵夫妻も座していた。


「もう〜! あなたの仕事している姿が初めて見られたわ〜!」


「お母様」


「立派になって、見違えたな」


「お父様」


 なぜ両親がここに、などと考えるまでもなかった。むろん、今日呼ばれていた人物の中に含まれているのは理解できる。だが、自分があの場で警備をする担当だとは全く教えていない。


「あまり、そうかしこまらないでくれ。これから家族になるのだから」


 国王チャールトがいつもであれば謹厳な雰囲気を今はやわらげている。


「国王陛下」


 ここでようやく「カーテシーをしなければ」と気づいたが、ずっと手にしていた槍が邪魔だ。しかも武装中であり、可愛げのあるドレスでもない。


 初めての警備の仕事だったというのに、知らされていなかったのは自分だけか。この様子だと、騎士見習いの仲間たちは今日の手筈を全て教えられていたのだろう。……非常にむかつく。


 この場にはいないアレクサンドラも、最初から何もかもを知った上で、自分を「次期王太子妃」とするために暗躍していたのだろう。……複雑だ。


──この状況になるよう企てた「張本人」を一睨みした。


 それはもう、へらへらと小憎たらしい様子で笑っている。今の心境では、「にこにこと」という表現では自分を納得させられない。


「アルベルト様の。……もう上司とは思いませんからね」


「というわけで、正式な王太子妃になってもらうから、よろしく。式は半年後に挙げるから、そこもよろしく」


 すぐ横にいたアルベルトはふざけた表情を消すと、真剣な空気をまとった。


 シルフィアにその場でひざまずき、うやうやしく騎士の最敬礼をとる。


「このアルベルト・ラヴィエール。いついかなるときも、あなたの隣であなたを害するもの全てからお守りし、生涯あなたを裏切らず、この身を血の最後の一滴まで捧げると、騎士の名誉と誇りにかけて誓います。──どうかわたくしと結婚してください、シルフィア」


「──このっ、わかりづらすぎるんですよ!!」


 ◇


 こうして、王子アルベルトは正式に立太子し王太子となった。同時にシルフィア・クラウフェルトは王太子妃として、二人の婚礼が執り行われるむねが広くラヴィエール国民に発表されたのである。


────────────

※あとがきとお知らせ


 本編を完結といたします。

 

 これまで閲覧していただき応援してくださった皆様にこの場で感謝申し上げます。


 二人のその後のお話、メインストーリーには関係ありませんが伏線を回収していないサブキャラのお話もございますので、これからは「番外編」という形で不定期に更新しようと思います。


 花麒白

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