21 お酒 is 人類の友

「なんとかあの人を一人で対処しようと思ったんです。アルベルト様には会わせられないと思って。でも、結果的にアルベルト様が助太刀してくださって助かりました。ありがとうございます」


 シルフィアはエールの入った大きなジョッキを豪快に傾けている。


「いや、おれもあの御仁には物申したいことがあったから」


「笑いに昇華してくださったのが素直に嬉しかったんです。それがあの人を怒らせてしまったんですけど。こちらまで恥ずかしくなりそうでした」


 シルフィアがお酒を飲みたい気分だと言うので、行きつけの酒場に寄っている。


「突然のことで怖かっただろう」


「飲みます! 洗い流します! 今日嬉しかったことはアルベルト様が素敵な一日に変えてくださったことです! ──くたばれ! 最低限まともな父親にだけはなれよ!」


 シルフィアの前向きでカラッとしたヤンデレなところが愛せる。じめっとしていないところが。アルコールで消毒しようとするのが可愛い。


「正直……あの人と結婚していたらと思うとゾッとします」


 シルフィアはジョッキを口から離すと、苦い微笑みを浮かべながら軽くうつむいて目線を落とした。


「おれはあの御仁に感謝してるのさ。きみと出会わせてくれたから」


 ちょっと調子のいいことを言ってみる。すると、シルフィアはすぐさま顔を上げておれを満面の笑みで見返した。


「本当ですね。そこだけは感謝しなくちゃ! アルベルト様と運命的な出会いを果たせましたから」

 

「今日はおれがついているが、飲みすぎてはダメだぞ」


「はい!」


 シルフィアは喉を鳴らしてエールを飲むと、「ぷはぁ……」と小さな吐息をついて口元を手の甲でぬぐった。徐々におじさん化してきているな。そんなところも推せる。好きな女の子は何をやっても可愛い。


「アルベルト様も裏切ったら許しませんからね」


 急に怖い。本音が出た。


「おれがそう見える?」


 頬に手を当てて小首を傾げ、質問してみる。イケメンがやったときのみ許されるあざとい仕草のやつ。


「いえ、見えません! 信頼度満点です!」


 おれ自体が浮気なんかに微塵も興味がないが、そもそも騎士団長が不祥事を起こしたらこの世の終わりだ。TL世界だろうがどこだろうが、浮気ダメ絶対。男女等しく浮気した人間の末路はざまぁだけだ。それを楽しむコンテンツがあるのも事実ではあるが。


 ちなみに──今日この流れ、つまり女の子を慰めるという名目でエッチに運ぼうとする男はクズ確定だ。単なる自己紹介だな。


「アルベルト様はどうして私なんですか?」


 直球の質問が来た。答えようによっては八つ裂きにされるやつだ。


「一緒にいると自然と笑顔になれるところだろうか?」


 これは及第点の回答だろう。


「はぐらかさないでくださいー」


 だがシルフィアは不満そうだ。


「すまない、はぐらかすつもりはなかったんだ。本当のことを言うと、きみと過ごす時間が一番安心できるし、きみの存在がおれにとってどれだけ大きいかを言葉で表すのが難しい。──それくらい、きみが特別なんだよ」


「やっぱり、ずるいです」


 シルフィアはちょっぴり頬を膨らませた。


「ずるい?」


「アルベルト様は私に見返りを求めないじゃないですか」


「見返りを求めるなんて考えたこともないさ。きみと一緒にいることで、おれ自身がすごく幸せなんだ。それだけで充分だ」


 悪いが、これは嘘だ。シルフィアには、おれの妻に──王太子妃になってもらう。おれは彼女に残酷な見返りを求めている。一生逃がすつもりがないのはおれの方だって同じだ。


「おれがこの先どうなっても、ついてきてくれる?」


 こんなの実質プロポーズじゃないか、と言った瞬間に気づいた。


「最初からそのつもりですよ。そうじゃない人に身体を許したりなんかしません」


「そうか」


「もし子どもができたとしても、一人で育てきるくらいのつもりでおりました。好きな方の子ですから」


 シルフィアのエメラルド・グリーンの瞳が一段と潤んで見えた。


「そこまで覚悟していた上の行動だったのか。当初おれは都合のいい関係だとばかり思っていて、失礼な真似をしてしまった」


 これってもう実質、お嫁さんでは?


「おいひー。エールとお肉って合いますねえ」


 おつまみの茹でたてソーセージを食べることに集中して聞いていないシルフィアさん。ほっぺが小動物みたいにもぐもぐと動いているのがたまらない。


「子どもができれば実家にも後継者ができますから、両親も喜んでくれるでしょう」


 ……と思ったら、彼女はしっかり話を聞いていた。


「とはいえ子どもは授かりものですから、楽しんで暮らすのが一番ですよ」


「そうだな」


「ずっとお伺いするのを迷っていたんですけれど、アルベルト様のご両親は私とお付き合いすることをどう思ってらっしゃるのですか?」


「交際を始めた女性がいるという話はしているよ。むしろ安心してくれた」


 国王陛下なんですけどねー。そうだ、忙しくて母親にはまだ伝えていなかった。興味があるかどうかもわからないし。


「それならよかったです」


「いつ子どもができたとしても問題ないわけだ」


「それは、安心していっぱいできるってことですか!?」


 シルフィアの目がたちまち肉食獣のようにぎらつき始めた。


「こらこら、嬉しがらない」


 今日はそういう気分にはなれないと思っていたが、どうやらシルフィアはたくましいようだ。

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