17 彼シャツ匂いスンスン

 朝、起床したら、ベッドの上に座る白い塊がいた。


──すうぅぅぅっ、はぁぁぁぁ。


 深呼吸する音がして、なんだろうと思い目を向けたら、おれのシャツに前から腕を通したシルフィアが襟元を匂っている現場だった。いわゆる萌え袖というやつか、ダボっとした様子が可愛い。何も履いていない白い脚が丸見えだ。


「うふふふふ……」


 シルフィアさーん? 声がダダ漏れですよー?


 出勤のときだけ着るシャツだから、数回着たやつだ。


「たまらないわ……」


 そうですか。


 逆に美しい曲線を描く背中から臀部が丸出しになっているのがこちらこそたまらない。


「お洗濯に出しちゃうの勿体無いわ! もっと着てもらって濃厚な匂いを嗅ぎたい……」


 それは「臭う」方になってしまうからやめようか。


 彼シャツ匂いスンスンしている天然無自覚煽りが凄すぎるシルフィアをもう一度襲ってしまったのは言うまでもなく。「昨晩はあれだけしたのに、朝からなんて、もう……」と口にはしつつも、なんだかんだで彼女はにやついているのが丸わかりだった。


 乙女向け作品というと、胸が控えめ〜普通サイズの女性主人公を想像することの方がほとんどだろう。しかし、TLのヒロインは様々で、巨乳ヒロインもいるのだ。というより、かなりのヒロインが巨乳設定だ。どちらかというと胸派であるおれにとってTLヒロインは眼福そのものなのである。


 おっきいシルフィアも揉み応え最高。彼女はお胸に触れられるのが好きなようで、じっくりと焦らすように優しく愛撫してあげると凄く感じてくれる。吸うのも好きだし、顔をうずめるのも好き。


 TLで散々学んだけれど、女性は挿入にいたるまでのムード作りが大事なのだ。丁寧に愛撫してあげることによって、女性がより感じやすくなってくれる。男性にとっては相手のエロい姿を堪能できる。良いことずくめだ。


 浴室から出てきたシルフィアはバスタオル一枚だけを巻いた姿で鼻歌交じりに髪を整えている。


 バスタオルで隠しきれていないなめらかな肢体の、ほんのりと薄桃色に上気した、ハリと潤いのあるぷるぷるとした素肌の破壊力と、濡れて顔やら身体やらに張り付いた髪からかすかに漂う洗髪剤のよきかほりがダブルでおれを襲う。死ぬ。


 そして何より──布ごしでもわかる、どうしたらそんなに発育がいいのかという、たわわに実った果実。それ、簡単に男を殺せるだろう。人間凶器だ。シルフィアの柔らかそうな身体をふんわりと包み込むバスタオルになりたい、とか考えるな。決して。


 転生者と気づく前のおれも、気づいてからのおれも、シルフィアに出会うまでは近衛騎士の職務上、そして王太子になる運命を知っているという理由から、自由な恋愛すらしない禁欲生活を送ってきた。


 シルフィアに出会ってから完全に狂わされている。望んで狂わされているのだけれど。


 TLヒーローあるあるの「こんな女性を今まで自分は知らなかった」状態である。


 単にエッチだけをしたいという仲ではなく、生涯を共にしたいと初めて思えた女性だ。……はあ、おっぱい。


「本当だったら王城まで一緒に出勤したいのに、それが叶わないなんてつらすぎます! もっと一緒にいたいのに……」


 おれの方を振り向いたシルフィアがそう呟く。そうだった。彼女は職場に突撃してくるヤンデレなのである。冷静に考えれば、セフレが報復か振り向いてほしくて困らせるかで相手の職場で働き始めるなんていうシチュエーションは恋愛もので腐るほど見た。今はシルフィアとは恋人だから良いけれど。普通に考えてヤバい女性だ。


「可愛いから全て許す!」


「一緒に通勤していいんですか!?」


「あ、いやいや、そうじゃなくて。本音はおれだって手を繋ぎながら出勤したいけれど」


 そんなことになったら、おれは調子に乗って腰にまで手を回してしまうかもしれない。しかし世間一般の目からすれば、新入団員に手を出して欲を満たすという規律正しい行いを心掛けるべき近衛騎士団長としては最悪の人物になるのである。


「そういえば、あと半年で引っ越しされるというお話を以前されてましたけれど」


「ああ、それか。遠く離れるわけじゃない。むしろ……」


「むしろ?」


「いや、なんでもない」


 ああ、今すぐに真実を告げられないのがつらいところだ。


「そうだ、お風呂が冷めないうちに、アルベルト様もお入りになってください」


 目のやり場に困りすぎるので、もう服着てくださいな。


「そうする。今日は休みだから、二人でのんびりしよう」


「おうちデートですね!」

 

 浴室に入れば、濡れた床にシルフィアの亜麻色のきらきらとした髪が落ちているのを発見してしまう。くっ……綺麗だな。そしてシルフィアがついさっきまで浸かっていたお風呂。シルフィアのあれやこれやが浸かっていたお風呂。……あったかいな。


 この世界の現地人だったら他人が入ったお風呂に興奮するのなんて変態だと思われるが、おれは元・日本人。変態と呼ばれて構わない。


 湯に浸かりながらぼうっとそんな馬鹿げたことを考えていれば、今までの苦労が報われるようだった。次は二人でお風呂に入ってあんなことやこんなことをたくさんしよう。

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