16 国王との謁見
ラヴィエール国王チャールトは肩幅が広く、胸も厚い。四十半ばを過ぎてもその体格はなお、たくましかった。
アルベルトは職務以外で謁見の間に入室したのは初めてだった。
「
チャールトの一声が静寂を打った。
「……はい、国王陛下」
アルベルトは返事をしてゆっくりとその通りにした。
「そなたは『父』とは呼んでくれぬのだな」
チャールトの声音には少しばかりか不満の色がある。
「立場上、許可されておりませんから」
アルベルトは一切の私情を交えなかった。この父王に対して良い思いを一度もしたことがない。掌の上で踊らされている駒だと思うと気分が悪いのだ。
「許可するから、この場では父と呼べ」
「……は」
アルベルトはわずかな戸惑いに肩を揺らして命令の意味を測りかねた。なぜ今まで父としてのそぶりも見せなかった王が今日はこうも親密に接してくるのか、と。ただ、王の機嫌は損ねないよう命令に従うことにした。
「話は聞いている。婚姻を結びたい令嬢がいるとか」
「はい、父上」
アルベルトは心の臓が冷えていくのを感じていた。王の審判によってはシルフィアとの婚姻は叶わない。そうなれば、あまりの怒りに父をこの場で斬り殺してしまいそうだった。
「その娘を愛しているのか」
だが、問われたのはアルベルトにとって意外なことだった。
「心から愛しております」
嘘をつかず、正直に答える。
「そうか。……よかったなあ」
王はどこか安心しているようにも見えた。その唇にはほんのりと笑みの気配すら乗っている。
「そのご令嬢と幸せになりなさい」
「ありがとうございます、……父上」
アルベルトは今まで父に溜め込んでいた怒りのやり場を失ってしまった。はぐらかされたようだった。しかし、心に棘となって刺さっていた何かが、確実に取り除かれたのである。
◇
謁見の間から退出していく息子アルベルトの後ろ姿を見て、チャールトは自らの若き日のことを思い出していた。
政略結婚を強制され、その反感から、アルベルトの母であるメイドのリシェと恋をしてしまったこと。そのときはまだ王太子だった。結果としてリシェを傷つけてしまった。王族の子を孕んでしまった彼女。自分が彼女を狭い檻の中に閉じ込めてしまったのだと深く後悔をしていたのだった。
だからこそ、二人の息子には自由な恋愛を許した。
マクシミリアンには未来の王としての素質に欠けていることは前から見抜いていた。「この国の
(私は愛情のかけ方を間違えたのかもしれない)
チャールトが望んで愛したリシェの子。近くで様子を見ていたかったが、正室との関わりもあり、それは叶わなかった。だから、密かにアルベルトを近衛騎士としてそばにおいた。
父親らしいことを何一つしてやれなかった。その反動でマクシミリアンばかりを甘やかしてしまい、マクシミリアンも歪んだ育て方をしてしまった。
アルベルトが自分のことを父として見ていないのは知っている。むしろ憎まれているのだろう。それでも構わなかった。そばで見守りたいと思うのは間違っているだろうか。
(アルベルトなら、きっと善政を
──チャールトは確信を持っていた。
◇
アルベルトが帰宅すると、シルフィアが部屋に上がり込んで待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、アルベルト様!」
「シルフィア、今日も訓練お疲れ様」
「アルベルト様! 今日は初めて木剣を握ったんですよ! 手にマメができちゃいました」
目を輝かせ興奮した様子で今日の出来事を早口で話してみせるシルフィアをアルベルトは微笑みながら見つめていた。
「シルフィア、今日は報告したいことがある。……実は、きみのご両親である子爵ご夫妻に、交際の許可をもらったんだ」
アルベルトは国王チャールトからも許可をもらったとはまだ言うことができないのだった。
「そうなんですか! 両親が何か失礼なことを言いませんでしたか?」
「いやいや、歓迎してくださったよ」
「ハグしましょう」
シルフィアが両手を広げてアルベルトの方に近づいてきた。
「……いいのか?」
アルベルトは口が緩むのを抑えきれず、シルフィアの身体を思わず抱き上げてしまった。その瞬間、彼女の軽さに驚いてしまう。柔らかな亜麻色の髪がアルベルトの頬に触れ、甘くて良い匂いが鼻腔をくすぐる。
彼女の顔が少し驚いたようにアルベルトを見上げるが、すぐ安心したように目を閉じた。その表情に、守ってあげたいという、たまらない感情が胸の奥からこんこんと湧き上がる。そのぬくもりが、触れた肌を通じて心まで染み渡ってくる。これからもずっと彼女を守ることができるのだと安堵する。その額にそっとキスを落とした。
「アルベルト様、今日は積極的ですね」
「積極的になりたくもなるさ」
「どうして?」
「いや、嬉しすぎて……」
「まずはお夕飯にしましょう! お楽しみはその後です!」
「すまんすまん」
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