14 お酒は飲んでも飲まれるな

──シルフィアが初日に受けた授業は、お酒の飲み方だった。


 一見すれば関係ないことに思えるが、機密を守らなければならない近衛騎士にとっては必須授業らしい。


 シルフィアの周りの見習い騎士は未成年ばかり。まだお酒を飲めない彼らに対する授業だ。お酒を飲んで失敗したシルフィアにとっては耳に痛い授業だった。学園の淑女教育では教わらなかった内容だ。


 空きっ腹に酒精アルコールを入れてはならない。そうでないと素早くアルコールが吸収されてしまう。胃で二割、残りは小腸から八割吸収されてしまうそうだ。


 お酒は同量の水と交互に飲むべきである。アルコールは少量なら気分をよくさせるリラックス効果があるが、大量摂取となると脳を麻痺させてしまい、運動機能に障害が出る。判断力も失う。


 女性の場合はアルコール分解能力が男性の三分の二以下程度しかない。男性と同じ速度で飲んではいけないのだ。


 甘い酒をすすめてくる人間には気をつけろ。甘いワインや蒸留酒を果汁で割ったものだ。とくに口当たりがよく飲みやすい。シルフィアはまんまとその罠に嵌まっていた。


 一番重要なこと。誰かと飲んでいて席を離れるときには必ずグラスを空にしてから立つことである。その間に何の薬や毒を混入されるかわからない。


 お酒は楽しく飲め、だが決して飲まれるな、勤務時間外であっても羽目を外すな──。


 ◇

 

 シルフィアは十六歳の女性見習い騎士ミシェレと仲良くなった。王族の姫君を守るため、当然だが女性の近衛騎士も少数ながら存在する。数人ほど女子がいて、授業の際に隣の席だったという理由だけなのだが、彼女も貴族の子女とあってすぐに打ち解けた。なんと副騎士団長フェリクスの妹だそうだ。真面目そうな女の子だった。


「私は未来の王太子妃様をお守りしたくて入団したんです! もうすぐ婚礼の儀が行われると伺いまして」


 ミシェレはそう意気込んでいた。


「まあ! そうなのね! 確かに大切なお役目だわ」


 シルフィアは知っている。未来の王太子妃がおそらくアレクサンドラであると。ただ、王太子マクシミリアンが王籍を抜けるというなら、その代わりとなる王家の血を引く男性は誰が選ばれるのだろうか?


 王城内の見学やら、騎士団事務所の訓練設備の案内やら、制服の採寸やらの後に初めて事務所の食堂で昼食を摂った。二十四時間体制で交代勤務している大勢の近衛騎士たちの胃袋を支えているのである。騎士団専属の料理人が常駐しているほどだ。


 まだ、近衛騎士団長アルベルトには会っていない。当然ながら彼は雲の上の存在である。アルベルトからは騎士団では他の見習い騎士と同等に扱うと言われている。


 昼食後は体力テストを受けた。走り込まされ、跳躍力や柔軟性、他にも様々な項目を測定された。


 初日はそうやって飛ぶように過ぎていった。緊張感からかくたくたになって自宅まで帰ってくると、ほどなくして会いたかったアルベルトが帰宅する気配がしてきた。今日ほどアルベルトの存在を遠いものに感じた日はなかった。


「アルベルト様! アルベルト様! アルベルト様!」


 かなり興奮気味のシルフィアをアルベルトはいつものように笑顔で出迎えてくれた。


「三回も言わなくていいよ。どうしたんだ、シルフィア?」


「初日から楽しかったんです。お友達もできまして」


「それはよかったな。これから大変だろうけれど、やっていけそうか?」


「はい! 全力で頑張ります!」


 ところで、とシルフィアは話題を変えた。


「今日はうちで一緒に夕食を作りませんか?」


「それは楽しそうだ」


 シルフィアがメインのラムチョップをソテーしている間に、アルベルトには付け合わせのマッシュポテトの芋を潰させていた。


「どうです? 楽しいです?」


「ああ。今までご馳走には預かっても共同作業はしたことがなかったからな」


 ラムチョップの香草焼きは赤ワインとよく合う。付け合わせのマッシュポテトもバターの風味と塩気が丁度いい。


「今日はお酒の飲み方を習ったんです」


 赤ワインを口に含んでから、シルフィアは満足そうに溜め息をついた。


「おれと出会った初日から盛大に失敗していたものな」


 すかさずアルベルトはシルフィアを揶揄した。


「結果、私たち二人は大成功じゃないですか」


「まあ、そうとも言う」


 二人は顔を見合わせてにやついた。


「この関係がバレてしまったらと思うと胸がドキドキします。もう二人でおでかけができないと思うと。絶対、非番の誰かに見つかってしまいますよ」


「変装デートでもしようか?」


「それ、いいですね!」


「まあ、これからは一緒に部屋で過ごそう」


「私は、騎士団長閣下の秘密の情婦ということですね! 燃え上がります」


「……そういう趣向はやめてくれ」

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