13 外堀はコンクリで固めろ

──王家の人間が簡単に種ばら撒いてたまるか!


 TLはヒーローとヒロインが一対一の恋愛が基本なのである。もちろん逆ハーレムものも一定の人気はあるけれど。TLヒーローは常に真摯であらねばならない。あくまで女性を喜ばせるためのコンテンツであることを忘れてはいけない。


 男の欲望としてハイスペックイケメンになって、美女軍団に囲まれたらたまらない人だっているだろう。おれは城内を嫉妬のでいねいと化したくないのでそんなことするつもりないけれど。エブリデイ刃傷沙汰は生きた心地がしない。しかもそれを止めるのは他でもない近衛騎士だし。


 TLヒーローというハイスペックイケメンに転生しただけで充分すぎるチートである。これだけで感謝だ。


 逆にハイスペックすぎて困っている。過ぎたるはなお及ばざるが如し。再三言うが、モブで充分な世界なのである。自由に恋愛し、あちこち綺麗なお嬢さん方に声をかけるのだったら、そちらの方が圧倒的に都合がいい。


 貴族令息……それも次男坊あたりがよかったと何度思ったことか。親からたんまりお小遣いをもらって夜な夜な遊び呆けているイメージだ。というより、そういう話をたくさん読んできたのである。社交界を渡り歩く「稀代の竿師」などと呼ばれ、浮名を流すヒーローは、しかし、その立ち回りから女性と身を焦がすような本気の恋愛をしたことはない。それで大体、純朴なヒロインと出会い、お互いズブズブの沼になるのである。経験豊富な、だが恋愛そのものは奥手な男性に、女性がこれでもかとかされるのである。ずるい。ずるすぎる。


『嫌われ王太子は清い青薔薇を淫らに手折る』。


 おれは「嫌われ王太子」本人なのだ。原作はすでにアレクサンドラとの結婚式当日の初夜から始まるストーリーなのである。アレクサンドラから嫌われているのでシルフィアとお付き合いすることを決意したのだ。アレクサンドラにしても、嫁ごうと思っていた王太子マクシミリアンではない男とつがうことは本意ではない。


 それを無理やり初夜でいじめてみろ? 最低だろう。一応ハッピーエンドの話ではあるのだが。アレクサンドラは作中で「青薔薇」と呼ばれるほど確かに美しく賢くて芯の通った女性ではあるが、おれはシルフィアと出会って、どストライクだったのである。シルフィア以外に興味はない!


 一人でご両親のところへ突撃したのもありったけの誠意を見せるためだ。ごめんなさい。すでにシルフィアとは肉体関係があるんです。許してください、お義父さんお義母さん。迫ってきたのは彼女なんです。それだけは内緒にしておきます。墓場まで持って行きます。もしバスティアン卿が真実を知ったら、卒倒してそのままあの世逝きになってしまう。


 そもそも、シルフィアは【きらばら】の中では結婚式でアレクサンドラの友人として登場し一言挨拶する程度のモブ令嬢なのだ。挿絵もない。前世でだってほとんど存在を知りようもなかった。


──こんなに可愛いと思わないじゃないか。


 一目惚れだ。もちふわの優しい雰囲気で、ちょっと抜けてて、純真無垢で。それでいて抱き心地も最高なのだから。


 そんな彼女が十二歳のときに助けたおれ。そのときも彼女は大人びていたけれど、さらに六年後の成長を見て、胸が高鳴らないわけがない。それで婚約者に捨てられた? 元婚約者バカだろう。ありがとう。テンプレTL展開なら将来的に元婚約者がおれにゴマを擂りに来るだろうが、どうせ一介の騎士ごときとして今まで見下されていたわけだ。……楽しみだなあ!


 結果として「どうしたの? 何かつらいことがあったの? お兄さんが話を聞いてあげるよ」系の下心丸出しワンナイトクズ的な、TLに限らない恋愛あるある行動をしてしまったが後悔はない。


 なぜなら、なりたくて次期王太子になるわけじゃないから。出自もおれのせいではない。恋愛小説世界で恋愛結婚をしたいと思うのは間違っているだろうか? 愛する相手と共にこの世界を生きていきたい。


 それに、シルフィアがヤンデレヒロイン化するなら、おれも外堀をコンクリで固める執着系ヒーローになって構わないだろう。


 シルフィアにはおれが次期王太子であることはもう少しだけ秘密。おれは自分のことをクズだと自覚しているタイプのクズである。シルフィアはそんな悪い男に縋ってしまったわけだ。


 さてさて、ご両親から正式な交際の許可をいただいたので、次は国王陛下である。おれの父。あとはアレクサンドラの父である公爵にもお断りの謝罪をしなければならない。まだシルフィアとの結婚には障害が多い。王族の結婚とはこれだけ面倒な手続きが必要なのである。簡単に王太子が婚約破棄する話があるが、結婚の裏事情を考えればそんなことは普通できない。だからこそ婚約破棄の意味が重いのだ。


 あと、おれの母。国王陛下が王太子だった頃、正室と結婚する前に遊びで手をつけたメイドだ。原作ではアルベルトに対してずっと無関心を貫いているから、アルベルトは母がとにかく自分のことが憎くてたまらないのだろうと思い込んでいた。どうせ、人生を狂わせた男との間に生まれた子だと。しかも隠し子としておれの存在を秘匿するため、与えられた屋敷に幽閉状態だったのだ。


 虐待されたわけではないが、母は乳母に育児を任せっきりだった。しかし原作では母側にも事情がある。原作でアルベルトは最終的に母との家族愛を取り戻すのだ。それをこれから、おれがまた解決しなくてはならない。


──というわけで、明日から近衛騎士見習いとしてシルフィアが入団してくる。

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