11 次期王太子
『アルベルトさまぁ……奥、だめぇ……』
──ダメなのか? 気持ちいい声が出てるのに。
『あぁッ……! とんとんだめぇ……!』
──嫌ならやめようか?
『ちが! 嫌じゃない!』
──嫌じゃないならいいじゃないか。
『あっ! ……あ、ぁああ!』
──うん、気持ちいいねえ。可愛い、可愛い。
夜。彼女が「ごめんなさい、もう許して」と言ったから、「どうしたんだ?」とたずねると、「あまりにも気持ちよすぎて気絶しそうなんです」と答えた。彼女の涙目を見て、おれは理性が蒸発した。「ここでやめておこうか?」とそっと頭を撫でながら訊き返すと、「やっぱり……やめないで」とその手を握り返してくれた。
朝。おれが寝ていると思ったからか、「ありがとう、アルベルト様」と小さな声で呟きながら抱きついてきた。彼女の柔らかい素肌が密着して、完全におれのおれが起床してしまい、彼女にそれを感じ取られてしまう。もう一度、愛し合った。
なんと清々しい朝だろう。このときのために生まれてきたという感じがする。彼女が満足してくれて、おれも大満足で。至福のひとときだった。
そんなおれに、突然、彼女はこう言ったんだ。
──「私、近衛騎士見習いになります!」と。
喫驚しすぎて、「なぜそんなことに」と訊いたら、シルフィアがまだおれに好きな女性が他にいると思い込んでいたときに、一番おれが困ることをしてやろうと思ったかららしい。これから彼女が職場に突撃してくることになる。どんどん彼女がヤンデレ化していっていないだろうか? おれを愛してくれるのは嬉しいし、近くにいられるのも嬉しいが、だんだんと彼女の行動が過激になってきているのは気のせいではないはずだ。
ちなみに、誰に許可を取ったんだと
とにかくおれはシルフィアと恋人になったのだ。……となると、真剣な交際をするための正式な認可を得なくてはならない相手がいる。
──シルフィアのご両親、クラウフェルト子爵夫妻。
早速おれは、
◇
デートからしばらく経ったある日のこと、おれはクラウフェルト子爵家の屋敷を訪ねていた。クラウフェルト子爵家はラヴィエール王国の長い歴史の中で貴族としての地位を保ってきた名家。代々、誠実で優秀な人物を輩出しており、王国を陰ながら支えてきた。
現当主バスティアン卿は内政担当官。彼は王国の内政に関わる高官として、国家運営や政策決定に影響を与えている重要人物。王国の政務、とくにその厳格で信頼のおける性格から、この国の財政に深くたずさわっている。
バスティアン卿との面識は近衛騎士団長として働いているので顔合わせ程度にはある。しかし王家から、おれの「正体」までは明かされていないはずだ。
クラウフェルト家の屋敷には無駄な装飾がなく、当主の性格を表すようだった。おれを出迎えたのはTL世界の例に漏れないイケオジな中年男性。シルフィアと同じ亜麻色の髪だ。バスティアン卿である。
「よくおいでくださいました、アルベルト卿」
おれは半年後までの一代限りの爵位として、男爵位を国王陛下から賜っている。しがない近衛騎士団長には妥当なところだろう。
「突然の来訪をお許しください、バスティアン卿」
そうして互いに一礼した。応接室に案内されたおれはソファに座るよううながされる。
「文面のやりとりではなく直接に私と話したいことがあると伺っておりますが、一体なんの御用でしょうかな?」
バスティアン卿の話し方は一聞すれば丁寧なものだが、どこか他人を寄せ付けない雰囲気を感じる。
おれは深く息を吸ってから吐き出した。
「大切なご息女……シルフィア嬢と交際する許可をいただきたく参上した次第にございます」
「シルフィアと……!?」
バスティアン卿は、驚きで目を泳がせている。
「はい。
「あらまあ、素敵な出会いだわ!」
突如、嬉しそうな声をあげながら応接室の奥の間から飛び出してきた深緑色の瞳の中年女性。
「こら、エフェリーン! あまりはしゃぐな!」
慌てた様子のバスティアン卿がなだめている。きっとバスティアン卿の妻でシルフィアの母、子爵夫人エフェリーンだろう。
「お初にお目にかかります、子爵夫人」
ソファから立ち上がり、うやうやしく
「まあ、これはご丁寧に……!」
子爵夫人はなんだか機嫌が良さそうだ。シルフィアからは、婚約破棄された後はいらないもの扱いされるようにしてアパートメントでの独り暮らしを許可してきたと聞いていたご両親だが、この様子を見ていると、なんとなくシルフィアに対する愛情が溢れている気がする。
ところで、今日おれが子爵夫妻に伝えに来た最重要案件。おれは、この夫妻の運命を変えてしまう発言を口にしようとしていた。
「実は私、お伝えしなければならないことがあるのです」
「なんですかな?」
バスティアン卿が神妙な表情でおれに向き直る。
「マクシミリアン王太子殿下が王位継承を放棄なさり、市井にくだられることはご存知でしょうか?」
「噂程度に耳にしてはおりましたが……」
バスティアン卿はまだ事態が飲み込めていないようだ。おれは、シルフィアに恋をしたときから、この運命を受け入れたし、もう
「半年後のことです。マクシミリアン殿下の代わりに即位する次期王太子。それは……私なのです」
──それは、ずっとシルフィアに黙っていたことだった。
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