10 今宵は独り占め

 射干玉ぬばたまの夜。今宵は満月だ。窓辺から射し込む銀色の月明かりが室内を淡く照らし出して、陰影をぼんやりと浮かび上がらせる。


 アルベルトの欲で濡れた蒼い瞳と相対したと思った途端に、彼の熱い吐息がかかり、唇を塞がれていた。


「ひゃ! ……んっ!」


 シルフィアがとっさにあげた悲鳴を上書きしてしまう、大胆で深いキス。こんなに彼が情熱的になるのは初めてだった。そして、ようやく彼の心の枷が外れて積極的になってくれたのだ、という歓喜が胸を打つ。


 そんなシルフィアの唇を湿ったものが這っていく。それに応えて口をわずかに緩ませた隙間から彼の肉厚の舌が侵入してきた。


「う……っ」


 焦れったく口腔内をなぞるように動き回るくすぐったい感触も、勝手に脳は快楽へと変換してしまう。肌が粟立つような心地よさとなって全身を駆け巡っていった。


 シルフィアが濃密なキスに意識を割いている間にも、ぷつり、ぷつり、と音を立てながらブラウスのボタンを彼が手際よく外してしまった。火照り始めた素肌が外気に晒されて、かすかに身震いをする。


「……っは、はぁ……」


 ようやく唇が離されたときには、シルフィアの白磁のようになめらかな曲線を描く肩が軽やかにあらわになっていた。


「シルフィア、この下着は?」


 彼は長い睫毛をぱちりとしばたかせて、蠱惑的な巴旦杏アーモンド型の切れ長の目を丸くしている。


「今日のために買いました」


 少し派手な露出だろうかとも思いつつ、この日のために真剣に選んだ下着。薄いレースが幾重にもなっているそれは、御伽話に出てくる妖精のはねを思わせた。


「うん……よく似合っているよ」


 花の形に刺繍で縁取られたデザインは可憐で繊細だ。半透明の花弁を、彼の指先が一枚、また一枚と検分していく。


「今日はずっとこれを着けて過ごしていたなんて……本当にいけない子だ」


 耳朶をくすぐる低音の美声にうっとりとしていれば、しゅるりと下着の結び目が解かれ、シルフィアの豊かな双峰がまろび出る。


「ひゃうっ……!」


 突然、尖りを食まれて、もう片方には手を伸ばされ、揉みしだかれ始める。


「あ……んっ……」


 唇を噛み締めていても、鼻にかかった甘い声が自然と漏れ出てしまう。やわやわと麓を揉んでいた手は次第に頂へと伸ばされ、弄ばれていく。


「必死な顔が可愛いけれど、どうしたのかな?」


 彼はシルフィアが感じているのなどと、とうにわかっているだろうに、嗜虐的な微笑を浮かべたまま責める手を一切止めようとしない。


「んぅ──っ!」


 そうして甘噛みされつつ、片方をきゅうっとつねられた瞬間には、シルフィアの蕩けたまなじりから大粒の涙がこぼれ出て、頬に透明な線を描いていった。


「あ……」


 陶然として快感の残滓に翻弄されていたシルフィアは、彼の力強い腕に軽々と抱きかかえられ、すっかり下履きまで脱がされて、一糸まとわぬ姿になってしまった。


 彼の方も急いた手つきで着ているシャツやトラウザーズを脱ぎ始め、やがてシルフィアの目に映ったのは、彼の鍛え抜かれた鋼のような肉体美。分厚い胸板と見事に割れた腹筋、そして、その下にある限界にまで達した立派な男性の象徴。


 再びキスが降り注いできたのに驚きつつ、あわいを彼の長い指にひと撫でされれば、くちゅり、と淫らな水音が鳴った。


「こんなに濡らして、欲しがりさんだな?」


 彼が悪戯っぽく笑う。


「……ッ」


 混乱と羞恥と期待が綯い交ぜになって頬に血潮が昇っていく。


「好きだ……シルフィア。きみ無しじゃ生きていけない。きみもたくさん気持ちよくなって、おれ無しじゃ生きていけないようになろうか……?」


 彼は額に落ちかかった前髪を掻き上げながら、薄い唇に妖艶な弧を描かせて、どこか恍惚とした口調で歌うように告げた。蒼の瞳が獰猛な捕食者めいて、らんらんと輝いている。


「アルベルト様……きゃっ!?」


 両肩に手を置かれ驚く暇もなく、体重をかけられてベッドに押し倒される。体格のいい男の体重にはさすがに抵抗ができず、されるがまま。


(私……ついに、彼を独り占めできるのね)


 誰かのものだとばかり思っていた彼。でも今はもう、己だけのもの。その達成感をひしひしと味わいながら、シルフィアは彼の手へとその身を委ねた──。

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