7 淑女の密談
──彼が他の女性を想って慰めていた。
彼がときおり悩ましく荒らかな吐息を漏らしながら一心不乱に、その無骨な手が上下して、たくましくそそり立つ幹を鎮めている様子は……とてつもなく淫靡だった。
(私との行為は彼にとって満足できないものだったのかしら……)
そして、ちらりと一瞥されただけでもシルフィアの全身を灼き尽くしていく視線。彼の情欲にぎらついた紺碧の双眸が見つめる先は一体どのような女性なのだろう。
(私も彼に本気で愛されてみたいわ)
彼がひときわ低くうめいてから、
──眠れない夜を過ごした。
初めて嫉妬という感情を抱いている。できることなら、彼の熱を鎮めてあげたかった。
長い夜が白み、ようやく待ち望んだ朝がやってきて、しかし寝不足で不機嫌になっていたシルフィアは、彼にあたってしまった。眠ることができなかったとも言えずに。怒ったのはわざとだ。
でも、彼は困惑はしても、怒る様子は片鱗も見せなくて。いつもそうだ。ほとんど感情を動かすことのない彼。きっと近衛騎士として感情を制御するように訓練されてきたのだろう。
シルフィアの亜麻色の髪を、するりと伸びた長い指先で
(ずるいわ)
この世界に彼の熱の籠もった眼差しを向けられている他の誰かがいると思うと、心臓を針で刺されるようだ。彼はその女性にどんな言葉をかけるのだろう? 彼女の前ではシルフィアが見たこともないようなとびきりの甘い笑顔を見せるのだろうか?
そして朝食も摂らずに、彼は帰っていってしまった。シルフィアもだからといって引き留めなかった。引き留めていいとは思えなかった。
(もう一回抱いてと言えばよかったのかしら)
そうしたら彼は満足してくれたのだろうか。
(どうしたら、彼は私だけを見つめてくれるの?)
せめて偽装恋人の期間だけでも、彼をこちらに振り向かせたい。その後は捨てられたって構わない。半年間、たったそれだけでいい。
(彼を一番困らせられる方法って何……?)
寝具の中にうずくまっていたシルフィアは、やがて、一つの天啓にも似た閃きを見出した。
◇
「──というわけなのよ、アレクサンドラ」
親友シルフィアはとんでもない計画をアレクサンドラに説明してみせた。
「名案といえば、名案だと思うけれど」
シルフィアは学園時代から切磋琢磨してきた大切な仲間だ。アレクサンドラは未来の王太子妃としての将来が定まっていたので、首席を取るのは当たり前だったが、シルフィアはその次席を必ず取ってきた。並大抵の努力ではない。だからこそ、アレクサンドラは彼女を無二の友人として認めているのだ。
「どうかしら、あなたの地位と人脈で実現させられない?」
シルフィアは人の悪い笑みを浮かべた。
「当然。私の手にかかれば簡単よ」
アレクサンドラはにやりと片頬で笑んでみせた。
「さすが、マクシミリアン王太子殿下の
アレクサンドラは、だが、腹の内でこう考えていた。
(これで『彼』と結婚しなくて済む。全てが私の掌の上で上手くいくわ。シルフィアにはこの舞台の主役になってもらいましょう)
「ところで──彼のどんなところが好きなの?」
アレクサンドラは音を立てずに紅茶を啜った。シルフィアが手土産に持参したフィナンシェは紅茶によく合う。
「そうねえ、私の作った料理をとても美味しそうに食べてくれて、お代わりまでしてくれるのよ。それだけで胸がいっぱいになるわ」
それはただ食い意地を張っているだけでは、との疑いがアレクサンドラの内心を一瞬よぎった。
「幸せそうね。……他には?」
「そうねえ、とにかく優しいの」
(恋は盲目ね。優しいだけの男は駄目よ。最初だけかもしれないわ)
しかし、その思いを口には出さないアレクサンドラだった。その程度の分別はつく。
「彼のことが本当に好きなのね。──検討を祈るわ」
「ありがとう、アレクサンドラ。あなたは最高の親友よ!」
アレクサンドラは、浮き足だって去っていくシルフィアの背中を見送った。
「まったく、たくましい子ね」
シルフィアの突飛な発想には度肝を抜かされたが、確かによくよく考えてみれば、理にかなっていることかもしれない。
「新たな楽しみができたわね。……ふふっ」
アレクサンドラは、ただちに一筆をしたためた。副騎士団長フェリクスに宛てたものだ。そこには経緯の説明と、計画の許可を求めた内容が書かれている。
「私だって愛しのフェリクス様をずっと眺めていたいわよ」
頬に手を当てて、そう呟くアレクサンドラの表情は、年頃の乙女のものだった。
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