6 TLヒーローの呪い

 シルフィアはでっかい。可愛い。おれは巨乳が好きというより、好きな女の子の胸のサイズが好きなのである。


 おれの方はというと、マッチョ以上ゴリマッチョ未満くらいの体型。


──それはさておき、昨晩のおさらいをしよう。


 ここはシルフィアの部屋のベッドの上である。そして隣にはスヤスヤと寝息を立てるシルフィア。おれはそんな彼女のしもべ……都合のいいセフレである。


 シルフィアはかねてから言っていた手料理のご馳走がしたいということで、おれはなんと彼女の部屋に呼び出された。初めて入る女の子の部屋。前世の姉の部屋は除く。もう入った瞬間、料理と女の子独特のいい匂いがするし、ソワソワする心を落ち着かせることで精一杯だった。


 そして、たくさんの手料理を振る舞われ、ペロリといただき、シルフィアも……ペロリといただき。彼女にせがまれたのだから仕方がない。どうすればいい? 本当はこんな不誠実なことをしたくない。


 TLヒーローの呪いみたいなもので、おれも例外ではなく、立てばヘソまで余裕で反り返るし、バケモンみたいな欲求を発散させるのに困っている。日々の武芸の鍛錬と筋トレで発散はさせているのだが、それでもおさまらない。つらい。あとはお察しあれ。あと、怖がられたくないので間違ってもシルフィアを抱き潰さないように気をつけている。必ず一回戦目で終えるようにしているので、シルフィアが眠ってしまった後に、なお戦闘状態になっているのをこっそり自分で処理している。それも虚しい。


「アルベルト様、おはようございます」


 おっと。考えに耽っていたらシルフィアがいつの間にか起きだしていた。彼女はどこか不満げな顔をしているが、おれが何か粗相をしてしまっただろうか?


「私ではご満足いただけませんか? 私を恋人とお考えなら、私も遠慮なく扱ってくださいませ!」


「え……?」


「その気がお済みになるまでお相手します!」


 彼女の声には必死さのようなものを感じる。


「すまない。なんのことを言っているのか、さっぱりわからないんだが……」


「……そうですか。なんでもありません、お気になさらず」


 シルフィアは微笑んではいても、その緑の瞳には明らかな失望の光が浮かんでいて、それからふいっと顔を背けてしまった。一体何が彼女の機嫌を損ねたんだ? フェルの助言通りに今度デートに誘おうと思っていたのだが、それは今はやめておこう。


「昨日の夕食は美味しかった。楽しい時間をありがとう」


 朝食までご馳走になるのは忍びない。最後にそう感謝の言葉を告げて、おれはシルフィアの部屋から出た。


 ◇


 女性が不機嫌になるとき、そこには必ず何か言いたい不満がある。しかし言わないのは、まだそこまでの関係ではないからだ。「喧嘩するほど仲がいい」とはよく言ったもので、女性が男性に遠慮をしている場合は、まだ恋人と見定めていないことの指標なのである。もし恋人だったら、甘えたり、我儘を言ってみたりと、駆け引きが入ってくることもある。まあ個人差はあるが。


──おれが読み漁ったTL小説、コミックから学んだこと。


 先ほど恋人と言ったが、こちらが勘違いしてはならないのは、おれは彼女に恋人役をお願いしただけのセフレであって、恋人ではないということだ。


 こういうとき、真剣に悩んだところで答えが出てこないことが多い。彼女にははっきりと何が不満だったのかを質問したのだが、答えが返ってこなかったので、ますます不安になるばかりだ。


 自室のベッドの上に寝転んで、無駄だとはわかっていてもしばらく考え込んでいた。


 シルフィアとこの関係になってから二週間。恋愛って難しいなあ。恋愛小説の世界だというのに政略結婚させられそうになっているわ、好きな相手に好きだとすら言えないわで、あまりにも不甲斐ない自分に絶望する。


 例えば、この世界の両親は恋愛結婚ではない。両親は、どちらもどっちで嫌いだ。いや、別に幼い反抗心ではない。父は腹違いの弟の方を甘やかしていて、しかも持て余している。ざまあみろだ。母の方は父に無理やり手をつけられておれを産まされたので、おれに対して愛情がない。まるっきりない。


 もう一度言おう。なぜ、この世界のモブに転生させてくれなかったのか。


 本来のストーリーであれば、おれは性格が捻じ曲がっていた。この世界のストーリーを知っている転生者だからこそ、かろうじて性格がまともであると自覚している。真面目に生きればそれなりに良いことがあるからだ。寝食に困らなければそれでいい、と思っていた。


──だが、平穏な生活は続かないもので、は、あと半年に迫っている。


 わかっている。シルフィアを自分のものにしてしまえば、この避けられようもない運命から逃れられるのではないか、という愚かな考え。彼女を利用したところで、それが叶わないのは知っている。だがそれでも……自分の伴侶くらいは自由に選ばせてほしい。きっとこれは彼女への嫉妬だ。自由に恋人も作れない自分と、そんな束縛から解き放たれたらしき彼女。


 額に当てていた手を窓から射し込む陽光にかざして、ぼんやりと見つめていた。

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