第31話 こんな展開もありかい?
私が『?&%!』が分からず混乱する中、ある場所では深刻な問題が起きていた。
◇
「役立たずのくせに、私たちのきょうだいを名乗るなんて生意気よね?」
「生意気な役立たずには、これがお似合いじゃない?」
発せられるのは強力な魔法。
浴びせられた氷水に、体がガタガタと震える。
姉様の魔法。私には避けるすべがない。
「まったく、この程度でびしょ濡れなんて、父上もなんでこんなのに情けをかけたのかしら。異種族の娘なんて、一族の面汚しだわ」
母様のことを悪く言わないで、と言うだけの気力は私にはない。
それでも昔は言えたのに。
「同情ってやつかな?父上だってもう興味がないんだ。その証拠にこの出来損ないには名前だって付けてないじゃないか」
兄様の嘲笑の声が廊下に響く。
廊下にいるのは召使い。そしてきょうだいの取り巻きたち。
皆が私をあざ笑う。誰も私を必要となんてしていない。生きているだけ、息をするだけでも、迷惑になる。
それが私。
「早く死ねよな?」
兄様の鋭い視線を受け止めることは出来ない。
「死ぬのは良いけど、私が氷水をかけたせいで死んだ――とかいやよ?その身体はちゃんと乾かしてあげるわ」
姉様から熱風を浴びせられる。
熱い!熱くて息が出来ない!でも、死ねない。姉さまの魔法は完璧だ。
私を苦しめながら、身体も、髪も、綺麗に乾く。
「ほらほら、早く死ねよ」
「人の迷惑に掛からないように死になさいね?」
私は頷く。
もう生きていても仕方ない。
母様は私を産む際に亡くなった。
父様は私に興味がない。
母親違いのきょうだい達からは、死を望まれる。
きょうだい達に背を向けて、歩く。
城の外には出られない。父の魔法は完璧で、外に出ることは許されない。
では、また、自分の部屋で死のう。
何度も試した。でも死ねなかった。
きっと、今日こそ死ねるはず――。
今日はできる気がする。なぜか、その予感がする。
私はナイフに力を込め、心の赴くままに手首を切った。
「――――――――――――痛って!まじ痛い!もう!!!」
俺はむくっと起き上がる。
まったく、あの人は几帳面な顔をしながら大雑把だった。
上に上にチューブファイルの箱を積み重ねるから、いつだって取るのに一苦労する。
それだけじゃない。安全上良くないと、社内を巡回していた安全衛生責任者に怒られた。
俺だって最初に見たときに、それは思った。
整理整頓しようと思えばできたけど、なんとなくしなかった。
部長の痕跡を残したかったから。
「あれが最後だって知っていたら、一緒に片付けたのに……」
こんなこと言っても仕方ない。
物語と現実は違う。過去には戻れないし、死んだ人は生き返らないし、異世界に転移することなんてあり得ない。
「さてと、片づけを続ける――――――は?」
立ち上がると、そこは会社の倉庫じゃない。
「意味わかんね。ここどこ?あれ?ゆめ?」
実に埃っぽい部屋だ。しかも暗い。じめじめしてる。キノコ生えそう。
ソファセットに近づく。
ピンク色のふかふかソファの上には、うっすらと埃が溜まっている。
その前にある白い大理石?の小さいテーブルは花柄で、赤茶色の汚れがこびりついている。
ベッドは使われた形跡がある。でも……。
「え?これいつ洗ったんだよ?俺って潔癖症なんだけど――うぇ、汚ね~。最悪」
変な夢だ、と思いながら見回す。
「でけー部屋。天井たっか!」
天上にはシャンデリア。昨日見た漫画の影響か?
「チューブファイルの箱が落っこちてきたんだよな?確か。もしかして気絶した?俺?情けねっ!――ん?」
額にかざした手が随分と小さい。そして手首のこれは……。
「リスカ?やべー、ホラーじゃん。あ――鏡…………は?」
あんまり女性系の漫画を読まない俺だけど、次のコスプレは合わせで、内容を知るために俺は読んだ。
それはお決まりの憑依もの。
シナリオによりエンドレスで殺される悪役令嬢が自殺して、それを読んでた女性が憑依し、ざまぁしていく、スカッとする展開の漫画。
「いや――俺さ、本当にこっち系は専門外で――――」
どうせなら、どうせ異世界転生するならば、他にもある筈だ。
スライムになったり、落ちこぼれの貴族に転生したり、モフモフなったり、色々ある筈だ!
なのに、なんで、なんで!!
「なんで虐げられる系のロリ女児に憑依してんだよ!!!」
大声で叫ぶ俺が写る鏡には、ぱっちりした瞳の、げっそり痩せた少女が写っていた。
◇
背中がゾクッとして、キョロキョロと周囲を見回した。
「茶太郎様、いかがしましたか?」
「あ、ビアンカさん。なんだか――」嫌な予感がすると言ったら、本当に嫌なことが起きそうだ。
私はニコッと笑ってごまかした。
微笑み返すビアンカさんは――美しいなぁ。本当に。
私たちは今、洞窟を出てロボの先導でどこかに向かっている。
どこか……それは分からない。だがロボは第六感が優れているので、ついていけば何か良いことが起こると言うのだ。
どうして?と聞いたが、ビアンカさんも分からないけど大丈夫だと言う。
ロボも任せてと言う。
そして頼りにしたぷらねさんは、それもあるでしょうと言った。
どうして皆、感覚で生きているのか。私には分からない。分からないけど従うことにした。現地人に従うのが正解なのだろう。と言うより考えるのが疲れた。
そもそも怒涛の一日だ。異世界転移(?)して、魔物と戦って、ぷらねさんと会って、攫われて、そしてビアンカさんとロボを仲間にして。
年を取ると一日が短く感じる。それは毎日同じ日常を過ごすことにより、感動が減るからだと言う。
確かにそうだろう。
大河原敏行の日常は朝起きて、仕事して、帰って夕飯食べて、お風呂に入って寝る。それだけだったのだから。
「それにしても、一日が長い。いつ夕方になるんだろう」
「ユウガタ?それは何ですか?」
「へ?ビアンカさんは夕方を知らないんですか?昼の終わりと言うか、夜の前と言うか、とにかく暗くなる前の時間ですよ」
「ああ、もうすぐ夜ですね。さすがチャタロー様です」
「――――へ?」
私の疑問の声を合図のように、空は一気に暗くなった。
そこに訪れたのは、月と星が瞬く夜空だ。
「ええええええ――!!」
私の驚く声が空一杯に広がった。
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