第31話 こんな展開もありかい?

私が『?&%!』が分からず混乱する中、ある場所では深刻な問題が起きていた。




「役立たずのくせに、私たちのきょうだいを名乗るなんて生意気よね?」

「生意気な役立たずには、これがお似合いじゃない?」


発せられるのは強力な魔法。

浴びせられた氷水に、体がガタガタと震える。

姉様の魔法。私には避けるすべがない。


「まったく、この程度でびしょ濡れなんて、父上もなんでこんなのに情けをかけたのかしら。異種族の娘なんて、一族の面汚しだわ」


母様のことを悪く言わないで、と言うだけの気力は私にはない。

それでも昔は言えたのに。


「同情ってやつかな?父上だってもう興味がないんだ。その証拠にこの出来損ないには名前だって付けてないじゃないか」


兄様の嘲笑の声が廊下に響く。

廊下にいるのは召使い。そしてきょうだいの取り巻きたち。

皆が私をあざ笑う。誰も私を必要となんてしていない。生きているだけ、息をするだけでも、迷惑になる。

それが私。


「早く死ねよな?」


兄様の鋭い視線を受け止めることは出来ない。


「死ぬのは良いけど、私が氷水をかけたせいで死んだ――とかいやよ?その身体はちゃんと乾かしてあげるわ」


姉様から熱風を浴びせられる。

熱い!熱くて息が出来ない!でも、死ねない。姉さまの魔法は完璧だ。

私を苦しめながら、身体も、髪も、綺麗に乾く。


「ほらほら、早く死ねよ」

「人の迷惑に掛からないように死になさいね?」


私は頷く。

もう生きていても仕方ない。

母様は私を産む際に亡くなった。

父様は私に興味がない。

母親違いのきょうだい達からは、死を望まれる。


きょうだい達に背を向けて、歩く。

城の外には出られない。父の魔法は完璧で、外に出ることは許されない。


では、また、自分の部屋で死のう。

何度も試した。でも死ねなかった。

きっと、今日こそ死ねるはず――。

今日はできる気がする。なぜか、その予感がする。

私はナイフに力を込め、心の赴くままに手首を切った。



「――――――――――――痛って!まじ痛い!もう!!!」


俺はむくっと起き上がる。

まったく、あの人は几帳面な顔をしながら大雑把だった。


上に上にチューブファイルの箱を積み重ねるから、いつだって取るのに一苦労する。

それだけじゃない。安全上良くないと、社内を巡回していた安全衛生責任者に怒られた。

俺だって最初に見たときに、それは思った。

整理整頓しようと思えばできたけど、なんとなくしなかった。

部長の痕跡を残したかったから。


「あれが最後だって知っていたら、一緒に片付けたのに……」

こんなこと言っても仕方ない。

物語と現実は違う。過去には戻れないし、死んだ人は生き返らないし、異世界に転移することなんてあり得ない。


「さてと、片づけを続ける――――――は?」


立ち上がると、そこは会社の倉庫じゃない。


「意味わかんね。ここどこ?あれ?ゆめ?」


実に埃っぽい部屋だ。しかも暗い。じめじめしてる。キノコ生えそう。


ソファセットに近づく。

ピンク色のふかふかソファの上には、うっすらと埃が溜まっている。

その前にある白い大理石?の小さいテーブルは花柄で、赤茶色の汚れがこびりついている。

ベッドは使われた形跡がある。でも……。


「え?これいつ洗ったんだよ?俺って潔癖症なんだけど――うぇ、汚ね~。最悪」

変な夢だ、と思いながら見回す。


「でけー部屋。天井たっか!」

天上にはシャンデリア。昨日見た漫画の影響か?


「チューブファイルの箱が落っこちてきたんだよな?確か。もしかして気絶した?俺?情けねっ!――ん?」


額にかざした手が随分と小さい。そして手首のこれは……。


「リスカ?やべー、ホラーじゃん。あ――鏡…………は?」


あんまり女性系の漫画を読まない俺だけど、次のコスプレは合わせで、内容を知るために俺は読んだ。

それはお決まりの憑依もの。

シナリオによりエンドレスで殺される悪役令嬢が自殺して、それを読んでた女性が憑依し、ざまぁしていく、スカッとする展開の漫画。


「いや――俺さ、本当にこっち系は専門外で――――」


どうせなら、どうせ異世界転生するならば、他にもある筈だ。

スライムになったり、落ちこぼれの貴族に転生したり、モフモフなったり、色々ある筈だ!

なのに、なんで、なんで!!


「なんで虐げられる系のロリ女児に憑依してんだよ!!!」


大声で叫ぶ俺が写る鏡には、ぱっちりした瞳の、げっそり痩せた少女が写っていた。





背中がゾクッとして、キョロキョロと周囲を見回した。


「茶太郎様、いかがしましたか?」

「あ、ビアンカさん。なんだか――」嫌な予感がすると言ったら、本当に嫌なことが起きそうだ。


私はニコッと笑ってごまかした。

微笑み返すビアンカさんは――美しいなぁ。本当に。


私たちは今、洞窟を出てロボの先導でどこかに向かっている。


どこか……それは分からない。だがロボは第六感が優れているので、ついていけば何か良いことが起こると言うのだ。


どうして?と聞いたが、ビアンカさんも分からないけど大丈夫だと言う。

ロボも任せてと言う。

そして頼りにしたぷらねさんは、それもあるでしょうと言った。


どうして皆、感覚で生きているのか。私には分からない。分からないけど従うことにした。現地人に従うのが正解なのだろう。と言うより考えるのが疲れた。


そもそも怒涛の一日だ。異世界転移(?)して、魔物と戦って、ぷらねさんと会って、攫われて、そしてビアンカさんとロボを仲間にして。

年を取ると一日が短く感じる。それは毎日同じ日常を過ごすことにより、感動が減るからだと言う。

確かにそうだろう。

大河原敏行の日常は朝起きて、仕事して、帰って夕飯食べて、お風呂に入って寝る。それだけだったのだから。


「それにしても、一日が長い。いつ夕方になるんだろう」

「ユウガタ?それは何ですか?」


「へ?ビアンカさんは夕方を知らないんですか?昼の終わりと言うか、夜の前と言うか、とにかく暗くなる前の時間ですよ」


「ああ、もうすぐ夜ですね。さすがチャタロー様です」

「――――へ?」

私の疑問の声を合図のように、空は一気に暗くなった。

そこに訪れたのは、月と星が瞬く夜空だ。


「ええええええ――!!」

私の驚く声が空一杯に広がった。

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