第22話 空を飛びたい

ひゅーんと音を立てながら落ちる私は、死を覚悟した。

どうやら勢いよく走り過ぎて、崖があるのに気が付かなかようだ。

視界が狭くなっていたのは事実だが、前方不注意で崖から落ちるなんて。

犬としての野生の本能はないのだろうか。

あるわけないな。完全室内犬だし


ああ、このままひゅーんと落ちて、ビシャってなって終わる……わけにはいかない!

私には紗枝ちゃんを帰す責任がある!

生きなければ!飛ぶんだ!私の背中には羽根……はない!想像できない!えっと空飛ぶ魔法……飛ぶはフライ?

あー、英語じゃなくてもよくて、飛ぶってなに⁉︎重力から解放されるから――ああ、想像力が追い付かない!


短い手足をバタバタさせる。もしかしたらなんとかなるかも⁉︎ならない!

空を駆けるイメージができない。背中に羽を生やすこともできない。生き残れない。死んでしまう。死ねないのに!

ぷらねさん、紗枝ちゃんをよろしくお願いします。


死を覚悟したその時、ふわりと体を抱きとめられた。


「――――――え?」


ギュッと瞑っていた目を開くと、ぴょこぴょこ動く耳が目に入った。

イケメンの頭に耳が付いている。ぷらねさんとは違う野性味あふれたイケメンだ。

山根君から借りた漫画に彼のような人がいた。確か獣人。

獣人さんが崖から落ちた私を優しく受け止めてくれた。

どうでも良いけど、頭の上に動物の耳。頭の横に人間の耳がついてる。どっちで聞くことができるのだろうか。


「…………犬?」

イケメンは声もかっこいい。

はい、確かに私は犬です。ここは犬のふりをしておこう。


「わん!」

「何言ってるんだ?言葉がわかんねー」


え?もしかして獣人さんは犬語が……話せるわけないよね。


「おかしいな。普通の犬だったら会話できるんだけど……ってかこいつ、犬か?なんかおかしいんだよな。しかもなんで崖から落ちてきたんだ?犬なのに」


えー⁉犬と会話できるんだ!さすが獣人さん。

そんな才能あふれる獣人さんと違って、私は犬だけど室内犬だからね。まったく危険のない世界で、へそ天で寝られる子だからね。野生の勘とかないの。


「しかもさっき、人間の言葉を喋ってなかった?『羽が生えない!』って声が聞こえたんだけど?」


これはまいった。心の中で叫んでいたつもりが、声が漏れていたらしい。

どうしたら良いのだろうか。もう話しちゃう?なんとなく、悪い人(?)だと思えない。


ぐるぐる悩んでいると、落ち着いた女性の声が聞こえた。


「いきなり走り出してびっくりしたわ。どうしたの?」

「師匠――なんか犬?が落ちて来たんっす」

「い……犬?違うわ……このお力は――」


私を覗き込んだ女性は――犬だ!!真っ白な犬!

びっくり!顔は犬なのに、どちらかといえば超美犬なのに!身体は人間だ!!

え?この女性(?)が獣人?

じゃあ、この犬耳ついたこのイケメンは、獣人じゃないのか⁉︎

異世界って、異世界って、本当におじさんには厳しい世界だ!全然、ピンと来ない!頭が犬とか、違和感しかない!

こう言った世界は、山根君のような柔軟な考えを持つ、若者が来るべきだ!おじさんは情報が追いつかず、混乱するだけだ!


「もしや……あなた様は大神様では?」

「いや、師匠、それはありえないですよ。こんなちっこい、もふもふした、威厳のかけらもない ただのかわいい犬が大神様?ないない、もしこれが大神様なら、俺は一生肉を食わないっす」

「………………」

これは普通の人なら怒るところなのだろうか。

残念ながら、私はこの程度では怒らない。私が侮られただけで、世間に迷惑がかかるわけではないからね。

それに正体を晒して、この子が一生、肉を食べられないのはかわいそうだ。想像するに、おそらく肉がこの子の好物だろうしね。


「そういった言葉を軽々しく言うのではないわ。私も大神フェンリル様のお姿と違いすぎて、違和感はあるけれど、本能が訴えるの。この方こそ、次代大神様だと」


犬の女性が跪いた。

服が汚れるから、立った方が良いですよ?


「次代大神様……私は人狼ルー・ガルー族最後の生き残り。この子は人狼ルー・ガルー族と人とのハーフです。先の大戦以降、フェンリル大神様とは袂を分かち、今はふたりだけ。緩やかに滅びの一途を辿っております。ですがこうやって出会えたのも神の思し召し。どうか滅びゆく我らに、最後の栄誉をお授けください」

「………………」


ど……どどどど、どうしたら!こんな時にはどうしたら良いんだ!

内容が分からなすぎて、プチどころか、大パニック‼︎

しかも、またふりがな出てきたぞ!どうしてこう、異世界はカタカナが多いんだ!


まずこの女性の犬?は、ルーなんとか?名前じゃなくて人種(?)を言ったのだろう。私が元日本人だというのと同じだね。そんで、私を抱っこしてる犬耳ついたイケメンは、るーなんとかと、人のハーフ。

よし!ここまでは問題ない!

で?先の大戦で、私が探しているふぇんりるさんと離れて、それでなぜ滅びの一途を辿っているの?

そして、なぜ私に栄誉を与えれようとしているの⁉︎


ああ、分からない。通訳が欲しい。

ぷらねさん、助けて。

もう山根君で良いから――!!


「あ――いた!」

あ、今回は良いタイミング!

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