第20話 かわいいポーズでアピールしたい
はっと気が付いて起きたら、ボスがじっと私を見ていた。
さらわれた状況でも寝られる自分の神経は素晴らしいと思う。
だが、寝てしまったのにはわけがある。
いや、睡眠薬飲まされたとか、寝る魔法使われたとか物騒な話ではなく……原因はこの檻なんだけど。
なぜならプラネさんの飼い犬と思われているせいかとても扱いが良い。
檻は少し狭いけど、『居心地を良くしてやれ!』というボスのひと言により、もっふもふのクッションが用意された。更にのどが乾いたらいつでも吞めるように水も用意された。更に更に、なんと枕も用意された。
確かに今の私はポメラニアン。つまり犬。だけどその前は人間だ。枕を使って寝ていた私は、犬になっても枕が恋しかった。
しかも今回用意された枕はぎっしり綿が詰まっていて、少し固く、真ん中にくぼみがある。
そこに顎を乗せると、それはそれは良い感じに落ち着いてしまう。
ふかふかの敷布団に、快適な枕。こうなると人であろうと、犬であろうと寝てしまうだろう。寝てしまうに決まっている!だから敵前にもかかわらずスヤスヤと寝てしまった。きっといびきも書いただろう。
「起きちゃったでしゅかぁ。さっきまでクークー言って寝てたんでしゅよ~」
この赤ちゃん言葉を発しているのは強面のボスだ。部下はいない。
私に快適な寝床を用意させたら、即座に追い出されていた。その後発せられたのがこの赤ちゃん言葉だ。怖いからの赤ちゃん言葉。さすがの私も怖い。
だが、紗枝ちゃんの祖父母も紗那君には赤ちゃん言葉を使っていた。人は幼く可愛いものを見ると赤ちゃん言葉を使ってしまうのかもしれない。私だってもしかしたら、子供か孫がいれば赤ちゃん言葉を使っていたのかも知れない。まぁ生涯独身だったので、ありえない妄想だけど。
だが結婚したいと思った人はいた。浮気されていたけど。
人生でときめいたこともある。良い人なんだけど、と相手にされなかったけれど。
同僚の子供に会ったこともある。赤ちゃん言葉を使っていなかったな。はずかしくて。
うん、何を言いたいのか分からなくなったが、つまりそういう事だ。かわいい生き物相手に人は赤ちゃん言葉を使うのだ!
だから頑張れ、私!ここは犬として尻尾を振って、アピールするのだ。売らないで!虐めないでと!
「ああああああ、なんてかわいい生き物なんだ!こんなかわいい生き物が世の中にいるなんて!さすが冒険者ギルドで唯一のA級ライセンス保持者
ボスが悶絶している。奥が深いの意味は分からないが、やはり私はかわいいようだ。
これに関してはそうなんだろうと思う。そもそも高額商品だった私だ。容姿には自信がある。日本にいたときにも若い子にきゃーきゃ―言われていた。
お婿さん候補になったこともある。勘弁してくれと心の底から思ったが。
「くっそー!売りたくねーな。でも部下の手前、売らないとは言えないし。かわいい生き物が好きだなんてもっと言えねーし!」
怖い顔している、悪い事するボスがかわいいもの好きとは、確かに言いにくいだろう。
だが私にこんなモフっとしたクッションを用意してくれるあたり、この組織の人は皆モフモフ好きなのではなかろうか。
「あ~、どうすっか。ちょっとだけ――ちょっとだけなら――――」
ボスがちら、ちらっとこちらを見てる。
この表情は知っている。私をモフモフしたがる人の表情だ。特におじさんとなるとかわいい生き物を愛でるのは抵抗があるのだろう。私もおじさんだったから良く分かる!
つまり今の私のすることは―――!
目をウルンとさせて、じっとボスを見る。
口を小さく開けて、舌をちょっとだけ出す。
首を傾げて、あざといポーズをする。
身体は左右に揺らして、前足は地団太する。
更に尻尾は大きく振る。
「くっ!お前――――――――」
こわい顔のボスも、私の魅力には逆らえないようだ。
そう、これらの姿は犬になった私が編み出したかわいいわんこポーズ。SNSで流行っているわんこのかわいい姿を網羅したものだ。この姿には紗枝ちゃんのお父さんも、膝を屈した。しかもお母さんは「可愛い!」と叫んで、悶絶しながら写真を撮っていた。SNSにアップする為に。そしてそれは過去一番のいいねとなった。
52歳のおじさんがしていたら変態行為で、犯罪で、おまわりさんに掴まってしまうのだが、今の私はかわいいポメラニアン1歳。問題ないはずだ!頑張れ!私!羞恥心を捨てるんだ!
問題はないが、問題はあった。私は自分の浅はかさを恨むことになった。
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