第19話 イケメンエルフはポメラニアンを愛でたい

「…………チャタロー様……」

周囲を探るが気配はない。見回しても、その影すら見当たらない。探知能力を最大限まで広くしても、分からない。


「私が……犬のふりをしろと言ったばかりに……」

強く歯を食い縛ると、口の中が血の味がした。

自分の失態に涙すら滲んでくる。


産まれた時に100年の時を彷徨うものサタ・アノ・プラネテスの名を与えられた私は、成人したと同時に故郷を追い出された。そこからあらゆる国を旅したが、どんなに求められても落ち着く場所にはできなかった。


そんな私が偶然感じ取った神気。思わず胸が高鳴り、自然と足が向かった。


神気の持ち主のチャタロー様は、あまりにも可愛らしくあどけない表情をしていた。首を傾げてこちらをじっと見る姿に思わず駆け寄って抱きしめそうになった。

だがその神気の量は凄まじく、ひとめで新しい大神様だということが分かった。


今の大神様フェンリル様と同等、もしくは以上の神気の量。だがフェンリル様の凍てつく様な神気とは違い、優しさと包容力溢れる神気。チャタロー様の人となりが良く分かる。


会話を試みると、親しみやすく、思わず敬語も忘れそうになる。

異世界から来たと言うチャタロー様の知識は乏しく、分からないことも悩む姿も、分かったふりをする姿も、どれも可愛らしかった。


だからフェンリル様が住まう偉大な山グレートマウンテン探しを手伝うことにした。

戦争のない世界から来たチャタロー様を守るため。忌まわしい歴史を繰り返さないために。

フェンリル様を開放する為に。


姿に似ず落ち着いた声のチャタロー様に同行を申し出ると、嬉しそうに尻尾が振られた。その姿も、抱きしめたくなるほど可愛かった。


魔王に故郷を封印され、世界の果てまで旅をしていた時、一度だけフェンリル様にお会いする機会を授かった。魔物を蹂躙し、自身の身体に傷を負うのも厭わない彼の姿に、恐怖から怯えた。


我らエルフはひとりで魔物と戦うフェンリル様に共闘を申し込んだ。

そしてその結果、魔王に睨まれ国ごと封印された。だからフェンリル様はエルフを助けてくださると思っていた。

だがその目を見て分かった。彼は共闘する気などないのだと。助ける気すらないのだと。

誰も信じていない、すべての生き物を恨んでいる。そんな目をしていた。

それは彼の境遇を考えれば当然の事だろう。従属テイムされ、強制的に人々を殺し、国を支配していったのだ。その心情を考えると心が痛むばかりだ。


しかも例え本心ではなかったとしても、例え強要された行いだったとしても、人々はフェンリル様を恨み、今だに殺意のまなざしを向けている。なのに自分は使命で人々を守らなければいけないのだ。誰も信用できなくても仕方ないことだ。


チャタロー様には彼のようになって欲しくなかった。だからお助けしようと思ったのに。


教会の周辺で待っていて欲しいとお願いすると、ふたつ返事で了承してくださった。

知らない国の街並みを見ているのが楽しいと言って、しっぽをぶんぶんと振っていた。周囲に敵意は感じなかった。だから大丈夫だと思った。


「チャタロー様……」

呟いても彼の所在地は探知できない。これは私が本当の意味でチャタロー様を認識できていないからだ。

私が言葉に発する『チャタロー様』は何かが違うのだろう。その為、魔法で探すことができない。

それはチャタロー様も同じで、彼はまだ私を『ぷらねさん』と呼んでいる。これは私のことを分かっていない証拠。チャタロー様が本当の意味で私を理解すれば、この世界を理解すれば変わるのに……。


「希望的観測を言っていても仕方ない。私の全魔力を使って探すのみ!」

腰に付けた杖を手に取り、空へと向ける。この抜けるような青い空の下にいるチャタロー様を一刻も早く見つける為に。


「プラネさんは茶太郎を探しているの?」

私の独り言を聞き取ったサエちゃんが腕の中で首を傾げている。

空を飛ぶ私の周囲には、防護膜が貼ってあるので重力の抵抗も、熱さも感じない。


「サエちゃん、チャタローさまの居場所がわかりますか?」

聖女の資格を有した彼女だ。もしかしたら感じ取ることができるかもしれない。私は一縷の望みにかけることにした。

そしてやはりサエちゃんは神から選ばれし聖女だ。

うーんと悩んだ後、南の方へ向かって小さな指を刺した。


「なんか……あっち?」


なんかって言っているし、疑問符もついているが、それでも今は他に手がない。

私はそのまま空をかけることにした。

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