第18話 現実逃避している場合じゃない

神殿に光が満ちる。優しい光は心をほぐすようだ。

更に溢れる癒しの力。神官達の多くが膝をおり、天に祈りを捧げている。

神官長が震える声で託宣を述べる。


「おお、この美しき光。この少女こそ我らが待ち望んだ希望。この地に実りを与えて下さる存在。サエ様……あなた様は聖女に認定されました!」


おお!!と怒号にも似た感嘆の声が神殿内を揺らす。

そんな中、当の本人は唇を尖らす。

「えー、紗枝、勇者が良かった〜」


待って欲しい。そんな場合じゃないんだ!

目立たくないのに……ああ、なんと言うことだろう!


そもそもチャタロー様と共に世界を渡った少女だ。普通であるわけがない!どうして私はそこに思い至らなかったのか!


悔やんでも遅い。かわいらしく、でも不満をあらわにするサエちゃんはに認定されてしまった。

さっとサエちゃんを抱き抱え、掴みかからんとする勢いの神官長から逃げる。

道を塞ごうとする神官を飛び越えて、出口へと走る。


手を叩いて喜ぶサエちゃんは楽しそうだ。

突然、両親と離れたのだ。きっと今の現実を夢だと思っているのだろう。そう、チャタロー様と話したのが先ほどの話。


「お待ちください」と言う言葉を振り切るように教会の外に出ると、そこにチャタロー様はいらっしゃらない。


「チャタロー様……」

呟くが気配はない。チャタロー様の神気が感じられない。

背後からは追手の気配。このままここにはいられない。

私は魔法を発動する。空を飛ぶことなど、エルフである私には容易なこと。人にはできないことだ。


「わーい」と喜ぶサエちゃんを縦抱きにし、そのまま郊外へと飛び去る。

今の危機から逃れるために。




◇◇




「こいつは良い。オークションで高く売れそうじゃねーか」


悪者顔の男たちに連れていかれた先には、もっと悪者顔のおじさんがいた。

片方の目はつぶれていて、大きな切り傷がある。昔見た時代劇のドラマにこういう人いた。なんでか知らないけれど、長い楊枝をくわえていた。


なんて観察している場合じゃない。どうやら私は再び売られるようだ。まいったな。逃げるタイミングが分からない。


逃げようと思えば簡単に逃げられる――と思う。今の私は脚が速いからね。

でも人前で走らないようにプラネさんに厳命されている。大神様だと気が付かれる可能性があるからだ。

どうやら私は神力を使って走っているようだ。無自覚に。


気が付かれるとまずい理由としては、される恐れがあるからだ。とは使役することで、要は飼われること、らしい。しかもただ飼われるだけではなく、行動を強制されるとのことだ。戦いたくないのに戦わせるなんて良くあることで、死ぬまで強制的にやりたくないことをさせる輩もいるらしい。

そんな人間に私がされてしまったら、その人はこの世界の王になれるというのだ。


私の先輩のふぇんりるさんが一度だけされた時は最悪だったらしい。

した人間はフェンリルさんを使い、大陸中を戦火に巻き込みを次々と国を支配していった。歴史書には暗黒時代と記載され、善良なる人々は二度とその時代が来ないことを祈っているのだとか。


私はふぇんりるさんから、大神様の仕事を引き継いでいないのだが、やはり規格外な力を持っているのでされてしまうと暗黒時代再び?みたいなことになってしまうそうだ。


だからプラネさんは会った時に私がされているかを聞いたらしい。状況によっては、した人を殺そうと思っていたようなので驚きだ。

まぁ実際、私はされていないのだが……。


さて、金勘定している悪者たちからどうやって逃げようか。寝ている隙に逃げようと思っていたのだが、ここに来るまで悪者たちは交代で私を見張っていたため、逃げられなかった……というのはプラネさんに言おうとしている言い訳で、実際は荷車の乗り心地が悪かったので気持ち悪くなり、逃げる余裕がなかったからだ。

しかも荷車から降りたら、三人の悪者に囲まれている。逃げる隙はあるのだろうか。


「あのA級冒険者ライセンス保持者100年の時を彷徨うものサタ・アノ・プラネテスの飼い犬です。きっと高値が付きますよ!」


あ、プラネさんの本名をちゃんと言えている。良くあんなに長い名前を覚えられるものだ。でもこれからお世話になるのだから、私も名前を覚えないと。えっと、サタ?あ~なんだっけ?


100年の時を彷徨うものサタ・アノ・プラネテスのファンは多いからな。特に貴族の女は欲しがるだろう」


やはりプラネさんはモテるのか……。イケメンだもんね、と言うか盗んだものを欲しがるのは犯罪ではないだろうか。いや、犯罪だよね?それ以前に盗んだものを売るのも犯罪だけど。


まだこの世界は以前いた世界より道徳観念が未発達なのだろう。そこは仕方なくないけど、仕方ないかも知れない。


私が若いころもそうだった。当時はパワハラ、セクハラとか言った概念はなかった。

女性は当たり前のように出社後、デスクを拭き、灰皿を替え、男性社員のお茶入れをしていた。

男性はと言うと、上司の言いなりだった。見て覚えろ、自分で考えろ、と言われるだけではなく、丸めた書類で頭を叩かれ、時には蹴られ、土下座を強要されることもあった。


飲み会も酷かった。女性は強制的に上司の隣に座らされ、酒を注がされだけでなく、肩を抱かれ、身体を触られてた。男はパシリだ。たばこを買いに行かされ、その場で脱げや踊れと強要された。


山根君たちには考えられないことだろう。私の若いころは良く聞く話だった。

なんて現実逃避している場合じゃない。だけどついつい思い出してしまう。年を取ると昔のことをよく思い出す。


なんて現実逃避している場合じゃない。プラネさんはともかく、私は紗枝ちゃんを帰すという責任がある。やさしいご両親とかわいい紗那しゃな君の元へ。

きっと紗枝ちゃんはまだ現実が見えていないのだ。夢の中だと思っているに決まっている。

だから早くここを抜け出さなきゃ!助けて~、プラネさん!!!

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