第11話 ふりがな多くて分からない(1)

紗枝ちゃんが寝ている布団が浮かないかなぁと思っていたら、浮いた。


山根君似の神様は憎たらしいが、この能力をくれたことだけは感謝だ。やはり噛む場所は1か所にしてやろう。


噛む場所は後ろ首。

かわいいポメラニアンである私だって怒っている。ここは獣らしく、人体の急所である後ろ首を狙うことにしよう。男性の急所を噛む勇気はない。想像しただけで気持ち悪いからね。


布団を浮かせながら、私は走る。布団は私に付いてくる。原理は分からないが、とても便利だ。


かわいいポメラニアンである私だが、それでも走れば人間より早い。嘘です。本当は、お父さんに追いつかれていました。

だがそれは地球での話。異世界転生した私の脚力は恐ろしいほど早く、約10キロの道のりを、5分で駆け抜けた。


走っている間にも魔物は出た。

ゴブリンの集団は見かけたと同時に倒した。西遊記に出てくる猪八戒みたいな豚の魔物は、現れたと同時に襲ってきたから倒した。ひとつめの狼の集団が現れたとき、もしかしたら言葉が通じるかと会話を試みたが駄目だった。

食わせろと要求してきたので、瞬殺した。


魔物は全て魔法で倒した。

風の刃ウィンドカッター』はだめだ。血だけでなく肉片も飛び散る。

内臓は食欲がなくなるほどグロかった。


次は『水の槍ウォータースピア』を唱えてみた。山根君が貸してくれた漫画に載っていた気がしたからだ。だが、私もあほだな。槍なんだから、効果は『風の刃ウィンドカッター』と変わらない。つまりグロかった。


風、水ときたので次は『氷の刃アイスカッター』にしてみた。私はあほだ。凍った刃が出ただけだ。またもやグロかった。


そもそも『○○の〇』と唱える必要性があるのか分からない。検証しようと思い『竜巻』と唱えた。

恥ずかしいくらい何も起こらなかった。どうやら必要なのは『の』でつなぐ単語の様だ。


ああ、○○といえば思いだす。

山根君に書類の記入方法を教えていたとき、私は例として『○○年△月××日って書くんだよ』と教えた。すると山根君は大事な書類に○○年△月××日と書いて提出した。『どうしてそんなことをしたんだい?』と聞くと『だって大河原部長が書けって言ったんじゃないっすか~』と謝罪もせず文句を言った。


おかしいな。私は『今日の日付を書くんだよ。例えば』って言ったのに。その記憶は彼にはないらしい。

結果、私は提出先に頭を下げ、社長には始末書を書かされた。


いや、それは良い。それはどうでも良いことだ。もう終わった事なのだから。


話を戻そう。じゃなくて昔のことを思い出すのは止めよう。


どうして魔法が撃てるのか分からないが、なんとなく原理は分かった……ような気がするかもしれない。


そこで次に私が唱えたのは『氷の柱アイスピラー』。

これは大成功だ。お陰で猪八戒もどきの氷漬けが出来上がった。猪八戒もどきは上半身が裸なので寒そうだ。だが相手は魔物。私の知ったことではない。


『の』で繋げば何でも良いのかと言うと、そこは違った。なぜならメリーポピンズ(山根君は知らなかったな)よろしく、魔物を空に飛ばそうとして唱えた『風のぐるぐるウィンドサイクロン』は竜巻にはならなかった。先代の社長のおやじギャグのように冷たい空気になった。


そもそも『ぐるぐる』の英語が分からなかったため、サイクロンにしたのがダメだったのだろうか。だったら『風の竜巻ウィンドサイクロン?』。竜巻自体が風だからおかしい気がする。頭痛が痛いみたいじゃないか。


色々やってみたが、どうやら英語であり、更に『の』の次は漢字で一文字の必要性があるようだ。

日本語勝負なら簡単なのに、更に英語。しかも今の私はポメラニアン。その前は52歳のおじさん。アイデアもなければ、ボキャブラリーもない。物忘れだって激しい。


結果、私の魔法は『氷の柱アイスピラー』一択だ。

ちなみになぜか『バリア』は発動している。その理由はもっと分からない。


そんなこんなで私は今、深い森の中をわさわさと進んでいる。紗枝ちゃんが寝ている布団は私の上でふわふわ浮いている。木々の幅が広くて良かった。お陰で布団はすいすいと木々の間を抜けていく。


「このまま真っすぐいけば都市っぽいな。だが問題は子供を受け入れてくれるかどうか……」


それだけじゃない。そこに住むのは人間なんだろうか……それすらも分からない。

大前提としてこの世界に人間がいるのかも疑問だ。ここに来てから私が会ったのは魔物だけ。この森に動物っぽいのはいたけど、魔物との違いも分からない。


「赤い点滅は敵なのか……あれ?青い点滅?」


地図を見ていたら、突然青い点滅が現れた。場所はとても近い。近すぎる。だって5m先だしね。

地図越しに見ると木の上に誰かいる。


「こん――にちは?」


ついつい首を傾げてしまう。

あれは……ニンゲン?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る