第12話 ふりがな多くて分からない(2)
5m先の木の上に現れたのは、青いロン毛のお兄ちゃんだ。
最近の若い子は青く染めたり、ピンクに染めたりするから、髪が痛まないか心配だ。
いつだか山根君も前髪だけを真っ赤に染めて出社した。
一瞬、怪我をしたのかと焦ったが、本人は『似合うっすか?』と自慢げだった。
その日、私は社長と人事部長に呼び出され、『さすがにあれはダメだろう』とネチネチと嫌味を言うふたりを相手に説得を試みた。『今は多様性の時代です。個人の自由を尊重してはいかがですか?』と。
どうして私はあの時、山根君を庇ってしまったのだろう。
ああ、染めるのに3万円かかったと言ってたからだ。なのにたった一日で黒に染めろと言うのは可哀そうだと思ったからだ。
それだけじゃない。山根君は私と髪質が似ている。もう色々な髪形を楽しめなくなっていた私としては、まだ楽しめるときにやりたいことをすべきだと思ったのだ。
私の説得で社長と人事部長は一カ月間だけ許可をくれた。
だが山根君は翌日には黒く染めてきた。『飽きたっす』と言って。
いかん、いかん、現実逃避はもうやめよう。
なぜ現実逃避をしたのか、それは青い髪のお兄ちゃんが驚いた様子でこちらを凝視しているからだ。
なんでだろう?今の私はかわいいポメラニアン。
かわいすぎる!と女の子達からキャーキャー言われていた存在だから、かわいすぎるから?いや、待て、自分で言っていて恥ずかしい。
あ、あれかな?紗枝ちゃんを浮かせているから驚いているのかな?
それだ、それだ。バリアで覆われた布団に乗る幼女が浮いているんだ。そりゃ驚くよね?うん、そうだ。
落としたら危ないだろ!とか、思われてるんだな。きっとそうだ。
だからゆっくり降ろしてみた。紗枝ちゃんをふわりと地面に降ろしたけれど、青い髪のお兄ちゃんの視線は――――。
あ、私ね。私。変わらず私だな。
理解したところで、ちゃんと青い髪のお兄ちゃんを見ることにした。
「エルフ?」
自然と出た言葉に青い髪のお兄ちゃんの肩がビクッと動いた。
昔見た映画にこんな人がいた。長い映画だった。4部作の超大作。人気作だったから見に行ったがファンタジーに疎い私には良く分からかった。
でもその映画に出ていたエルフに似てる。尖った耳。ワンレン(なんすっか、その単語?って山根君が言ってた)の長い髪。額に飾りまでつけている。服装も良く似ている。しかも男前。イケメンだ。
「ああ、やはり私は間違っていなかった。こんなところでお会いできるとは――」
おお、青い髪のお兄ちゃんは声までかっこいい。確か今の若い子はイケボって言うんだよね。山根君はイケボだと、若い女の子が話していた。
良く分からないが、まったく分からないが、挨拶は大事。それは違う世界であっても同じはずだ。
「えっと、恐れ入りますがお名前をお伺いしても宜しいでしょうか?私は……」大河原敏行とは言いにくい。あれは以前の私の名前だ。
「私は茶太郎と申します。この寝ている子供の飼い犬です。犬種はポメラニアンです」
挨拶と共にぺこりと頭を下げると、青い髪のお兄ちゃんはふわりと木から飛び降りて、私の元に近づいてくる。
髪がさらさらと靡いてきれい……と言い難いのは青いからだろう。おじさんには青髪の良さは分からない。
「私は
「――――あ、申し訳ございません。もう一度お願い致します。」
「聞き取れませんでしたか? 私は
「――――――」
どうしよう。確かに日本語なのに、日本語じゃない。
「失礼ですが、お名前は……」
「…………
「さた………………あ、サタさんでよろしいでしょうか?」
「…………プラネテスとお呼びください」
「プラネッ!つっ――」あッ、舌嚙んだ。
「…………ではプラネとお呼びください」
「あ、申し訳ございません。えっと、では、プラネさん」
犬だから仕方ないです。怒らないでください。かわいい小型犬なので。
「この女の子はチャタロー様の契約者ですか?」
…………
私はこの子たちの親、正確に言うとお父さんと販売店で売買契約を交わし引き取られた。区役所の鑑札はお父さんの名前で登録している。なんならマイクロチップだってお父さんの名前で登録してある。つまり契約主は…………。
「この子の父親が契約者です!」
「なんと、そうですか。まさか契約されているとは。さぞや名のあるテイマーなのでしょうね。お名前を聞いても良いですか?」
エルフのお兄ちゃんの目が、鋭く光る。なんだろう。ちょっと怖い?
それは置いておいて、お父さんの名前を聞いてどうするんだろう。
たぶん、絶対に知らないと思うのに。
そして
「
「…………初めて聞く名ですね」
やっぱり知らなかったか……。そもそもここ異世界だしね。知っているわけないね。
「ところでどのようなご用件でしょう?私はこの先にある街へと向かっていまして……」と、話をしている途中で気が付いた。
今の私は犬だけど、犬が話していても平気な世界なのだろか?このイケメンの青い髪のお兄ちゃんは、私を見世物小屋に売り飛ばしたりするんじゃないのだろうか?だって話せる犬だよ?ここが異世界で、魔物がいる世界だとしても、話す犬は珍しいんじゃないだろうか。
「この先にある街……となると、自由都市ツィリルでしょうか。冒険者ギルドの本拠地ですし治安も安定しているので子供を育てる上で適しています。多民族国家ですから人間でも問題ありません」
「そうなんですね!」
自由都市……確か地図には民主主義と表記されていた。その意味は分かる。だけどボウケンシャギルドって何だろう。紗枝ちゃんも言っていたな。えっと、ボウケンシャは冒険者かな?ギルド……分からない。
しかも気になることがある。人間でも……
気になるけど話を進めよう。
「自由都市ツィリルは
「簡単な質疑応答に応じれば入国は可です。自由都市ですから」
「それは素晴らしいですね!私でも大丈夫でしょうか?話せる犬は入国可ですか?」
「それは――――」
あ、イケメンが沈黙した。やはり話せる犬は変なのか。そう考えると、話せる犬である私と会話するイケメンはもっと変な気がするが。
「そもそも貴方様は犬ですか?」
あれ?思ってもいなかった質問がきたぞ?
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