第9話 神様に噛みつきたい

ごくごくとカルピスを飲んだ紗枝ちゃんは、眠そう目をこすっている。


沢山話した紗枝ちゃんは、のどが渇いたと言い出した。じりつく暑さの中、ずっと話していたんだ。当然と言えば、当然だ。

だが周囲には川もない。そもそも川の水を飲んで良いか分からない。

水道なんてあるわけない。草原だしね。

自販機はもっとない。異世界だから――いや、ない言い切ることはできないけれど。


のどが渇いたと紗枝ちゃんが泣きだしたので、パニックになった私は、異世界ちーとを発揮するときだと、自分に自分で暗示をかけた。


カルピス出ろ!氷も入ったやつ!ア、だめだ、冷たすぎるお腹こわすから適温で!グラスもいる!と頭の中で祈りまくった。神様、仏様、八百万やおろずの神様、ついでの山根君似の神様は……あてにならないから、その上司の苦労しているであろう神様!!と祈りに祈りまくっていたら、グラスに入ったカルピスがポンと現れた。


それを紗枝ちゃんに飲ませたわけだ。異世界チートがあって良かった。

山根君似の神様に、次に会ったら復讐とばかりに噛みついてやろう。よくよく考えたら今の私は犬なんだから、モラハラも、パワハラも、DVも、コンプライアンスだって関係ない。


「とは言えど、どうするか……」

呟いて空を見上げても何も変わらない。この草原にいても意味がない。それだけは私だって分かる。


まずは山根君似の神様を見つけて、紗枝ちゃんを両親のもとに返すことが必要だ。きっと両親は心配しているだろう。その気持ちを察すると、胸が張り裂けそうになる。その元凶である神様への恨みも、その時にきっちり返しておこう。


「周辺の状況が分かれば……地図があれば――――!!」

呟いたと同時に目の前に現れたのは地図だ!大陸の形はロシア連邦に似ている。横に長い大陸の、どうやら私たちは端の方にいる……らしい。黄色いマークがピコピコしてる。これが私たちだろう。なぜなら2つ光っている。


「地図に向かって右側……つまり東にいるというわけだ。この白い点滅は……都市かな?」


都市だった……目を移した白い点滅に都市の名前が表示された。

人口、面積、政権と細かく表示されている。他にも治安や衛生環境などが星のマークで表示されている。治安は星4つ。安全と言う事なのだろうか。


もし私が人間なら、ここに行っても問題……あるかもしないが、大丈夫な気がする。

だけど今の私はわんこ。かわいいわんこポメラニアン。その連れは幼女。

大丈夫だろうか。いや、その前に距離もあるけれど!


「ん?赤いマークが移動しているな?」

地図を拡大したら、黄色い私たちの向かって赤いマークが近づいてきてる。なんだか嫌な予感がする。


「茶太郎……わたし、眠い……」


紗枝ちゃんのお昼寝の時間……らしい。

思ったより呑気だ。両親が恋しくないのだろうか。いや、きっと夢だと思っているんだろう。両親と本当に会えなくなるなんて思っていないのだろう。


「ここで寝ても良いよ。私が見張っているから」

んんんん――!と想像すれば布団がぽんっと現れた。紗枝ちゃんのお昼寝セットだ。

しっかりしていもまだまだ子供。疑いもなくお布団に入って、すやすやと寝息を立て始めた。


私の話し方がおじさんだからだろうか……紗枝ちゃんは安心して任せられると思ったのだろう。犬だけどね。


「日差しが強いな。幼児の体には良くないだろう……」

必要なのは想像力なのだろうと……そう思った。

なぜなら山根君が言っていた。異世界に行った日本人は魔法を使えるのだと。『現地人(?)より優れた魔法を使うんっすよ~』っと言っていた。

魔法と言われても、私には分からない。だけど子供の頃、遊んでいたことを思い出す。


「ば~りあ!」

少し照れながら発した言葉に呼応するように、紗枝ちゃんの周囲に光をまとった球体上のバリアが現れた。なんか守ってくれそうな気がする。

ちょっと子供の頃ぶりの発言で、おじさんが恥ずかしい思いをしただけだ。

本当に恥ずかしい。誰にも聞かれていなければ良いけれど。


少し……いや、かなり恥ずかしくなったので、照れ隠しで周囲を見回す。

そう言えば地図に赤いマークが……と思ったのも束の間、そのマークの意味を知る。


私たちに向かってきているそれは、ちいさなおじさんみたいで、ん?おじさんか?極端に細い手足、やたら出ているお腹……お腹?手にはこん棒……こん棒??耳がやけに尖っていて……宇宙人?、鼻も尖ってるな……牙もある?口裂け女?あ……男?


ぎゃぎゃっと声を上げなら近づいてくる集団は8匹ほどだろうか。産まれて初めて見た生き物……いや、見たことあるな……山根君が「神作品っす」って言って無理やり貸してきた漫画にいた。ゴブリンだ。ああ、ゴブリンだね。異世界で最初に遭遇する敵って、山根君が言ってたね。


テキ……敵??!!

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