第7話 異世界になんて行きたくない

「いた!やっと見つけたよ。大河原敏行だ!マジ焦ったよ。なんでこんなとこいるのよ?」


神様だ……山根君似の神さま。あ、違った。神様の山根君が似たのか。山根君もかわいそうに。おっちょこちょいなところまで似てしまったんだな。そう言えば、チューブファイルはどうなったんだろう。


「ってゆーか、その姿なに?かわいすぎない?うける。あ、やったの俺か!また上司に怒られる……」


神様の上司ってなんだろう?大神様?それとも神部長?どちらにしろ、この人が部下とか可哀そうに。


「あ……でた、その同情する目!俺の事、可哀そうな子だと思ってるでしょ?」


「いや、あなたじゃなくて、上司の方が気の毒だと……」

ん?声が出た?あれ、私は犬なのに。


ついでとばかりにキョロキョロ見回す。紗枝ちゃんの口が、『良し』と言いそうな形で開きかけている。だが動かない。

美人なお母さんは紗那しゃな君にミルクを上げている。でも微動だにしない。

ミルクを飲む紗那しゃな君の口は、動いていない。


「ときが止まってる?」


「時を止めたんだよ!ほら、俺って優秀!しっかし、なんでポメラニアンなんだよ。かわいすぎか!」


腹を抱えてケタケタ笑う神様を無視し、私はご飯をじっと見る。どうせ時を止めるなら、ご飯を食べてからが良かった。


「じゃなかった!おじさんが予定通りの転生をしなかったお陰で、大変なことになってんだよ。このままじゃ俺の給料が下がっちゃうよ」


神様は給料制らしい……どうゆうことだ?そもそもお金なんか何に使うんだ?


「給料下がったらマジやばいんだよ。新車買ってローン組んだばかりだしさ」


新車?ローン?まるで人間みたいじゃないか。と言うか私の愛車のMINIはどうなったんだろう。限定色でお気に入りだったのに。隕石で大破してしまったんだろうか。そうなるとできれば私の銅像ではなく、MINIの銅像が良かった。私ではなく愛車が隕石を受け止めたのだから……。


「おじさん、聞いている?どちらにしろ、これからおじさんには予定していた異世界に行ってもらうから!」


「ま――待ってください!それは困ります!私は紗枝ちゃんの側にいると言う大事な使命があるんです!」


「紗枝ちゃん?ああ、この子か。いや……おじさんは家族の絆を守っている場合じゃないの!おじさんは異世界で世界を救わなきゃいけないの!」


「世界を救うってなんですか⁉世界は小さなコミニティの集まり、つまり家族が集まって世界が成り立つのです。小さな平和を積み上げてこそ、世界の平和は保たれるのです。家族が大事ならば、いさかいを起こしたりしないでしょう?家族を守るために、犯罪を犯したりしないはずです。人はひとりでは生きていけない。私は犬になって初めて家族の大事さに気が付きました。世の偉人の言うことは間違っていない!つまりラブ&ピースこそが世界を救うのです!」


これが山根君なら、私はゆっくりと説得しよう。だが相手は神だ。だとすれば遠慮することはない。自分の意見をはっきり言うことが必要だ。なぜならこの山根君似の神様は人の言うことは聞かないし、ミスばかりするからだ。これ以上、付き合えない。付き合う気もない!


「いやいや、ジョン・レノンかよ……って、おじさんもしかして、ビートルズ好き?」


「ええ、ビートルズは名曲ぞろいです。何回聞いても飽きないです」


「ふ~ん、っぽいね。車もMINIだったし……じゃなくて!おじさんはここにいちゃいけないの!そもそもここではおじさんに与えた力が本領発揮できないでしょ!」


「なんと言われても、私はここの家族に恩義があります。高いお金をだして買って頂きました。それだけじゃありません。私が手作りご飯しか食べないと聞いて、家政婦さんをわんこご飯を作れる方に替えてくださいました。しかも私に愛情を注いてくださいました。大河原敏行……この恩を返すまでここにいます」


「いや――意味わかんね~。これだからおじさんは嫌なんだ。若い子なら異世界転生うぇ~いって言って、無双してくれるはずなのに……いや、もともとは俺が悪いんだけど……ってゆーか、ポメだし、どうしよう。めっちゃかわいいけど、これってあり?威厳ないし、いや、そういう問題じゃない。始末書どころか、減給になる……」


神様がブツブツ言ってる。

そう言えば、ちーずとかちーととか付きの転生って言ってたな。人間の山根君も良く言っていた。異世界転生したら、ちーとな能力が得られると。

そんなもの、私はいらない。今の私に必要なのは、紗枝ちゃんに寄り添うことで家族の絆を守る力。そして目の前にある美味しそうなご飯を我慢する忍耐力。


「あ――――!もうおじさんの意見なんて聞いてられない!俺様は神!人の意見を聞いている場合じゃない!」


とうとう切れた山根君似の神様が叫びだした。

このキれやすい感じ……山根君そっくりだ。……違った。山根君が似たんだった。


なんて思っていると体がくにゃりと曲がる気配がする。そして――なんと――なんと!!

目の前のご飯もくにゃりした!消えていく!ご飯が!私のご飯が消えていく!

あー、こんなになるなら食べればよかった!『マテ』するんじゃなかった!


私の嘆きを無視し、体はくにゃりくにゃりと曲がりながら、周囲の風景も消えていく。


山根君似の神様――今度こそ君を許せそうにない!!


こんなに怒りを覚えたのは、山根君が会社の50周年記念の際に、エントランスに飾る予定のクリスタルの置時計を、アニメの人形フィギュアにした時以来だ。


わたしが後始末にどれだけ苦労したか……それを語るだけで一時間は怒れる!

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