第6話 そのこえはききたくない
「茶太郎!マテ!」
この家の子になり1年が経った。
紗枝ちゃんも4歳になり、
私もだいぶ犬生になれた。最近はへそてん寝はリラックスしている証だと思えるようになってきた。
紗枝ちゃんの目がきらりと光り、口の端が意地悪く持ち上がる。
こういう表情の時は、大抵焦らされる。よだれが出ようが、地団太踏もうが駄目だ。紗枝ちゃんはSだ。
キュウンキュンと鳴いてみる。だけど許してくれない。こんなに美味しいご飯を目の前にして我慢できる私はすごいのに。
「紗枝ちゃん、茶太郎が可哀そうでしょ?」
優しいお母さんが哺乳瓶を片手に紗枝ちゃんを嗜める。
さすがお母さん!良いこと言う。
お母さんの腕には赤ちゃんがいる。紗枝ちゃんの弟、
私がこの家に来た時、家族は3人だった。そこに新しい家族が増えたのは、喜ばしいことだ。
だが、ご両親は心配していた。ひとりっ子で甘やかされて育った紗枝ちゃんが、やきもちを焼くのではと。
それは私も同じ考えで、大丈夫だろうかと内心ヒヤヒヤしていた。
だから私はずっと紗枝ちゃんと一緒にいることにした。
食事の際は紗枝ちゃんの横にある椅子に飛び乗り、くれだましをする紗枝ちゃんに付き合い、一緒にテレビを見てあざとく首を傾げ、遊ぶ際には横にいる。
おままごとの私の役割は『おじいちゃん』。子供は恐ろしい。無意識に私のことが分かっているのかと、不安になる。
寝るときには、足元に。
なんだろう。無意識に足元に行ってしまう。動物の本能なのだろうか。紗枝ちゃんの足技でなんども蹴られそうになっているのに。
たまに紗枝ちゃんから抱っこされて寝るときもある。それは寂しいときだったり、怖いTVを見たときだ。
紗枝ちゃんのお父さんは、山根君に負けず劣らずアニメ好きだ。紗枝ちゃんは一緒に見ているが、子供には刺激が強すぎるのではと、私は思う。まぁ、紗枝ちゃんはお父さんと仲良く話しながら、キャッキャッと高い声を上げているから、大丈夫だと思うが。
そうこうする内に紗那君が産まれて、海崎家の中心は紗那君になった。
すると紗枝ちゃんは、紗那君の世話をするご両親のために、自分のことをするようになった。着替え、歯磨き、お風呂。さらに食器を下げ、洗う。取り込まれた洗濯物をたたみ、片付ける。この間はお風呂を洗っていた。まだ4歳なのに、なんてすばらしいのだろうと、私は心の底から感動した。
それだけではない。
お姉ちゃんとして紗那君の面倒も見ている。
紗那君にミルクをあげる姿は可愛かった。近くに寄って見ようとしたら、『茶太郎のごはんはこれじゃないよ』と言われたのは、ちょっと、かなりショックだった。私はそこまで意地汚くないのに。
そんな良い子の紗枝ちゃんは、たまにこうやって私に意地悪をする。
お母さんも仕方ないわね……と言う目で私と紗枝ちゃんを見ている。
なんでも長時間待てる犬は、忠誠心が厚いと友達から聞いたらしい。
だから、「マテ」と言われれば待つよ!お腹空いているけど!よだれ出ちゃうけど!地団太いっぱい踏んじゃうけど!
だって、犬だから!ご主人様に従うのは当たり前!もう人間だった時のプライドはない!だって犬だからね!そう、私はもう犬だ!!紗枝ちゃんの、海崎家の忠犬茶太郎だ!
紗枝ちゃんの『ヨシ』の合図を聞き逃さないのように、立てた耳に懐かしい声が聞こえた。
「いた!」
嫌な予感がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます