第5話 えすえぬえすでバズりたい
「チャタロー、しゃんぽに行くよ?」
紗枝ちゃんの言葉に反応し、私はアンアンと歓喜の声を上げる。しっぽは大きくフリフリ。
犬としての私は完成したと言って良いだろう。鳴き声のバリエーションを増やせたのは、私の努力のたまものだ。
初めはキャンキャンとしか鳴けなかった。
次にアンアンと言えるようになった。
ワンっと声を上げたときには、涙が出そうになった。
グルルっと威嚇する声を出せたのは紗枝ちゃんのお陰だ。紗枝ちゃんを虐めようとしたわんこを排除しようとしたからできたことだ。
確実に犬生を満喫できている。できれば次はアオーンと遠吠えをしたいものだ。
家族の要望には応えている。
お手、お座り、マテ、伏せ、バーン、あごのせ、からのキュン!(なぜキュンなのか分からないが、要は指で作ったハートの中に鼻を突っ込むことだ)そして、ちょっというのが恥ずかしいが、ちんちん(これは言葉に照れてしまう、元人間だからね)も出来るようになった。
まぁ、こんなでも元人間。簡単にできることだが、そこは私も馬鹿ではない。何度も間違えるふりをして、会得したように見せかけた。
あとはTVや、SNSを見て紗枝ちゃんのご両親がかわいいと言いながら見ている犬の寝相も、できるだけやろうとしている。
ワンモナイトは簡単だ。頭をお尻に向けて、くるっと丸くなって寝れば良い。
ご両親は私の写真をいっぱい撮って、SNSにあげていた。
枕を使って寝るのはお手の物だ。元人間の私が、一番落ち着く寝方だ。
だがあれだけは恥ずかしくてできずにいる。通称へそてん!要は仰向けになって寝ることだが、そうすると恥部をおっぴろげて見せることになってしまう。確かに私は犬だ。だが元人間だ。しかもおじさんだ。
かわいい紗枝ちゃんや、美人のお母さんの前でそんな姿は見せられない。
わいせつ罪で捕まってしまう。いや、犬なんだけど……。
だが人はだんだんと器に引っ張られていくのだろうか……。
◇
お父さんのスマホのシャッター音に目を覚ました私は、自分の格好に驚いた。
目を開けたら床が見えた。後頭部?頭頂部?良く分からないが頭は床についていた。背中も床だ。いや、私はふっかふかの高級ベッドを用意して頂いているので、正確にはその上だが。
前足は天井を向いている。後ろ脚は……なんかだらんとしている。そして自慢のモフモフ尻尾は体の下敷き……。
ああ、恥ずかしい!私とあろうものが!恥部をおっぴろげて、だらしなく寝てしまうとは!
確かに、今日は初のドッグランデビューで疲れていた。
何故か知らないが、人(犬?)なっつこい犬に追いかけられて、私は必死に逃げた。だが
これでも元人間だ。強気になって『コラっ』と言って叱れば良かったのかもしれない。だが、元人間だからこそ言えなかった。なぜなら自分より年下と思われる(犬の年齢は分からないが、人生と犬生を足せば確実に私が年上だろう)かわいいわんこを叱ることなんてできない。
ましてや私の相手はドッグランの常連さん。代わって私は新人。新入社員の分際で、上司に逆らうことは許されない!という若手の頃の癖が抜けない元サラリーマン。
なんていうのは全て言い訳。自分より大きいわんこに迫られると怖くて、怖くて足が勝手に逃げ出した。
元人間なのに!もう私の本能は犬なのだろうか⁉
キャウンキャウンと鳴きながら逃げていると、異変を感じたお父さんが救出してくれた。
もう嫌だ嫌だと嘆き、お父さんの顔をぺろぺろすることで、ドッグランから去ることができた。
うん、と言うか、私は自分の子供より(いや、独身だからいないけどね)若い男の人をなめまくってしまったのか……。今更だが、改めて想像すると心の底から申し訳ない。いや、今の私は犬なんだけど……。
ああ、でも私を助けてくれたお父さんが満足そうに私の写真をSNSにアップしている。私は犬なんだから、たまにはサービスショットでやってみることにしよう。
こうして、徐々に身も心も犬になっていくのだろう。いや、もうきっと私は犬だな。犬。
お父さん越しにあるTVに写るのは、私の銅像の除幕式。そこで山根君が号泣している。あれほど公式の場でコスプレはだめだと言ったのに……。まぁ、それももう過去の事。私はもう死んでいるのだから。犬なのだから。
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