第4話 はやくごはんがたべたい

「チャタロー、マテ、マテだよ~マテ!!!」


かわいい女の子の前で私は地団駄を踏む。


ペットショップに並んでいた私は、程なくして飼い主を得た。

めちゃくちゃ高かった私を買ってくれたのは、職業パイロットのお父さん、ピアノの先生のお母さん、そして3歳になるかわいい娘ちゃんの家族だ。

お父さんの名前は海崎湊かいざきみなと、お母さんの名前は梨花りか、そして舌足らずな声で私に「マテ」と言い続ける女の子の名前は紗枝さえ。裕福で温かい家族に買ってもらえたのは幸いだった。


お金持ちからすると、150万なんて大したことはないかも知れない。だが私からすれば大金を出して頂いて買ってもらった恩がある。

大河原敏行、52歳!不義理な真似をする気はない!故に、犬の真似っこをする。


そう、これは断じて目の前の食事がおいしそうで、でもお預け食らっているから、地団駄を踏んでいるのではない!


よだれも……出ているけど、これは買って頂いた恩を果たすため!決して目の前のご飯が食べたいからではない!


ああ、だがなんという事でしょう!!


裕福な家には有能な家政婦さんがいて、その家政婦さんは犬の手作りご飯のプロフェッショナルで、日々体に良い手作りご飯を作ってくれるわけで、今日のご飯はトマトの鶏肉煮で、もちろんわんこのご飯だから味付けはないのだけど、高級トマトは果物よりも甘く、高級な鶏肉は柔らかく、かつ歯ごたえも十分で、一緒に煮込まれた野菜はホロホロで、ちょこんと上に乗ったウズラの茹で卵の盛り付けは可愛らしく――――――――。



ああ!!ご飯食べたい!ご飯食べたい!トマトよりも鶏肉!野菜よりも鶏肉!ゆで卵はその後に!いや、もう、何でも良いから、食べたい!!食べたい!!


ハッハっと息を切らせながら踊るよう地団太を踏む。ああ、なぜこの様な行動をしてしまうのだろうか。犬の表現方法は不思議だ。


「チャタロー、おしゅわり!」


まだ3歳の紗枝ちゃんは、さしすせそが苦手だ。お座りがおしゅわりになる。かわいい。

だがそんな余韻に浸っている場合ではない。さぁ、おしゅわりするぞ!ご飯食べたい!おしゅわり!おしゅわり!!



「チャタロー良い子」

紗枝ちゃんの小さい手が私の頭をなでる。それは嬉しいが、それよりもご飯が欲しい。


「紗枝ちゃん、茶太郎が困っているわよ?」

美人なお母さんから声がかかる。さすがお母さん!良く分かっていらっしゃいます!犬の私はご飯を欲しています!


「ヨシ!」

紗枝ちゃんの合図と共に、私はご飯を頂かせていただきます!


ああ、美味しい。この家に買ってもらって良かった。


ガツガツ食べていると、本当に身も、心も犬になっていくような気がする。いや、犬なんだけどね。実際に。

だがこれが私の人生なのだろう。


なぜなら裸でいる事にも慣れた。

首輪をつけての散歩も慣れた。

ペットシーツでトイレをすることも慣れた。

うんちも……申し訳なく思いながらできるようになった。


元々、ミジンコかミドリムシに生まれ変わろうとしていたのだ。こうなったら犬でも、猫でも良いではないか!

人としての思考を持ったままミジンコになる方が辛かっただろう。きっと分裂していく過程で、頭がおかしくなっただろうから。


初めは山根君似の神様が気が付いてくれることを祈っていたが、それも過去の話。

私はこのまま犬生を全うして、紗枝ちゃんに命の大事さを知ってもらう礎となろう。


人間だった時、読んだ本に書いてあった。子供が小さいときに犬を飼うと良いと。

小さいときには守ってくれる。大きくなると遊び相手になる。さらに大きくなり別れが来た時には、命の尊さを教えてくれると。


私は紗枝ちゃんに命の大事さを、尊さを教える教本となろう。そもそもあのまま生きていれば独居老人だ。うまく老人ホームに入れなかったら、孤独死を迎え、お役人の方々に迷惑をかけていたはずだ。

そんな寂しい人生よりも、こちらの人生のほうが良いに決まっている。おっと、人間じゃなかったな。犬生だった。


器に残ったトマトのスープを、ぺろぺろなめる。


今の私の名前は茶太郎。もうすぐ1才。


前世は大河原敏行、52歳。世界を救った英雄として、もうすぐ銅像が立つらしい。

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