第3話 恥ずかしいから隠したい

目を開けるとそこは………………異性界ではなかった。


確かに私は漫画も、アニメも見ないし、山根君がやるようなゲームもしない。だから異世界と言うのが具体的には分からないけれど、それでもここが異世界じゃないことだけは分かる。


なぜなら目の前にあるのはガラスのショーケース。ガラス越しに人間……お客さんかな?が見える。

しかもそれぞれの話している言葉が分かる。


「かわいいー!」

「でも高いよ。ほら」

「うわ!なんでこの子だけこんなに高いの?」

「血統が良いんじゃない?ほらお父さんがチャンピオンとか、お母さんがチャンピオンとか?」

「そうかぁ、めちゃくちゃかわいいもんなぁ。でもこの価格じゃあ、無理だな」


ほうほう、どうやら私の値段が高いらしい。

(高いってなんだ?)


そしてここは日本らしい。

(日本語で書かれたPOPがあるからね)


そして私は犬らしい。

(毛むくじゃらな手と、肉球が見えるからね)


「すごーい!この子150万円だって!」

「まだ2ヶ月だとしても、150万はすごいな。色が珍しいのかな?チョコレートかぁ」


それは高いな。驚いて言葉が出ないよ。ひと昔前だったら軽自動車が買えるよ。生き物を売買するのはどうかという意見もあるが、それにしてもびっくりだ。


つまり、山根君に似た神様が……やらかしたね?

いや、なんとなく怪しい雰囲気ではあったよ。山根君に似ていたし、そもそも私を間違えて殺しているしね。

うんうん、犬かぁ、普通に犬として生まれ変わるならともかく、ばっちり人間としての記憶と知識を持ってると辛くて仕方がないな。


つまり、何が言いたいかと言うと……まず裸が恥ずかしい!そしてそれを大勢の人に見られるが辛い!公然わいせつ罪で捕まっちゃうよ。犬だし、どうやら子犬っぽいから大丈だろうけれど、そういう問題ではない。なぜなら記憶は52歳のおじさん。絶対無理だ!


仕方がないから隅に寄って、小さくなって隠すことにした。後ろを向こうと思ったけど、そうするとお尻を見せることになる。男性だけではなく、お嬢様方もいるのだ。これはいかんと、横を向くと、それはそれでやばいものが見えてしまう。だったら正面を向くしかない。


すると『かわいい~』と歓声があがる。少し、いやかなり嬉しい……。

うれしいけど人々の視線が怖いな。ショーケースの中から人々の視線を集めるのが、これほど怖いとは!


しかし、困った。これでは『ちーと』とか『異世界』なんてものではない!

山根君……じゃなかった神様……本当に何してくれてんだ!





◇◇◇





「ほら〜、食べなきゃダメでしょう?」

「え?まだ食べないの?この間までがっついていたのに、どうしたのかしら?」

「困ったわね、このままだと病院に連れて行くことになるわぁ」


お店のお姉さん達の会話が頭の上で繰り広げられる。

お姉さん達の話題は私のことだ。心配してくれているのか、呆れているのか、怒っているのか、まぁどれも当てはまるのだろうけれど、でも許して欲しい。


ドックフードは食べられない!


いやいや、確かにね。犬としてと自覚があれば食べられるんだと思うんだ。現に私の周囲のわんこはガツガツ食べているしね。でも元人間で、中年のおじさんにはキツイ。食べようと思っても、見た目と匂いと、あと食感?食感だな!、で食べることができなかった。


正直お腹は空いている。でも厳しい。その結果、私の半ストは丸二日続いている。まだ子犬の私はご飯を食べなければ死んでしまうだろうと思う。だが、生存本能に食欲は勝った。食べることができないのだ。


もう一度死ぬならそれでも良いかと思うが、私の命は100万円越え、文字通り安くない。


どうも私はかなり有名なブリーダーさんの元、チャンピオンの両親から産まれた一粒種だったらしい。犬の世界ではとても珍しいことらしいのだが、その辺の記憶がない私には分からない。お店のお姉さんの話を聞きかじっただけだ。


そして私が死んでからそんなに時間が経過していないことも分かった。だから思う。会社のチューブファイルはどうなっているのだろうか。山根君がちゃんと使ってくれていると良いのだけど……。


「困ったわね~。こうなったら無理やり食べさせるしかないかしら?」


私が思考の波に漂っている間にお姉さんの声が低くなってしまった!


無理やり?やめて下さい!


そう思った瞬間、体が自然と後ろへ下がる。声も自然と出る。キュンキュンって言ってるからお姉さん達には分からないけど、やめてくださいと言っているんだ!


「缶詰にしてみる?贅沢なわんちゃんになっちゃうかもだけど?」


缶詰?ぜひそうしてください!もしかしたら、まだ、なんとか食べられるかも……いや、食べられないかも知れないけど!


「確か試供品があったはず……『手作り食のわんちゃんへ』だって」


お姉さんのひとりが取り出したものに目を輝かす。

なぜならそれは、人間と変わりないご飯だ!やった、たぶん食べられるよ!それならね!たぶん!


喜びのあまりキャンキャンと声を出す。うん、さっきからキャンキャンしか言えない。犬とは不便な生き物だ。


「しっぽ振ってるよ~。これが欲しいみたい」


しっぽ?あ!確かにしっぽがパタパタ動いてる。そう言えば、ドッグフードの時は床にぺったりとしっぽが落ちていたな。ふむふむ、犬と言うのは興味深い。まぁ、今は私が犬なんだけど。


結果、私は食事を得た。

ああ、この調子で犬世界に馴染むことができるのだろうか。でもこれがある意味イセカイテンセンなのかもしれない。

まぁ、山根君似の神様の失敗確率100%だろうけど。

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