第2話 ミジンコに生まれ変わりたい

「ごめ~ん、やらかしちゃった!」


目を開けると、そこに広がるのが白い世界だと分かった。

車に乗って最後に見た景色も白かったのに……。

最後?私は何を言っているのか……。


「ねぇ、ねぇ、どっち見てんの?こっち見てよ!」


現状把握できていない状況で後ろから喚かれるのは堪らない。まったく山根君はとうとう敬語も忘れたらしい。


「山根君、ここはどこかな?私は車に乗っていたと思ったが……」


振り返ると山根君がいた。真っ白な世界にいる山根君には羽がついている。


「会社でのコスプレは禁止だと言ったはずだよ?」


「いやいや、現実見て?俺はヤマネじゃないよ。神だよ」


「神……山根君の今回の設定は神なのか……。一度社長に怒られただろう?さすがに2回目はないよ?」


山根君はお世辞抜きにしても精悍な顔付きをしている。そしてオタクだと言う彼の趣味はコスプレ……漫画?アニメ?良く分からないが、そのキャラクターに仮装する事だ。


会社が服装自由になった際、彼はコスプレをしてきて、流石にそれはないと社長から怒られていた。

一部女子からは、きゃー、と黄色い声援を受けていたが。


そんな山根君がカーテンを身体に巻きつけた様な服で、背中に羽をつけて立っている。しかも神と言い出すなんて……いや待てよ……山根君はいつもなんでもかんでも『神っす』って言っていたな。とうとう自分を神だと言い出したか。こうなると何を言えば良いのか……。


「いやいや、何その、可哀想な子を見る目。言っておくけど、俺は本物の神だから」


そうだな、若者を頭ごなしに叱ってはいけない。肯定しつつ、理解があることを示しつつ、ゆっくり説得する事が必要だ。


「そうだな……山根君は神だな。ところでそれは何のコスプレかな?私にも分かるように教えてくれるかな?」


「いやいや、本当に神だからね!そもそも周囲真っ白でしょ?見渡す限り白‼︎しかも雲の上!こんな世界は地上にはないでしょう?」


「確かに、見事に真っ白だね。これはあれかな?前に教えてくれたね。えっと確か、そうそう、VRゲームってやつかな?ボーナスで買うって言っていたね?」


「まって、おじさん!本当に現実見て‼︎おじさん、ゴーグルつけていないでしょう?俺は神なの!そもそもヤマネって誰だよ!」


自称神の山根君が指を鳴らす。すると山根君の横にモニターがフッと湧いて出てきた。


最近のゲームはすごいな。こんなことまでできるらしい。


「うわ!なんだ、こいつ!俺にそっくり‼︎あれかな?寝ている時に創ったやつかな?やべー、またやらかしちゃった」


モニターに映るのは山根君だ。

山根君の姿は、前に見せてもらったゲームのキャラクターだ。確かイセカイテンセイモノものとか言っていたな。最近の子は足が長いから、ヘンテコ衣装でも良く似合う。


「それが次にするコスプレかい?かっこいいねぇ」


「いや、待っておじさん!こいつと俺は別人!俺は神!こいつ人間!俺の創造物!」


「そうか……そう言うゲームなんだね。また詳しい話を聞かせて欲しいなぁ。山根君は話が上手だから聞いていて楽しいよ」


今の若者相手にはこう言えと、なんかの講習会で聞いた。

否定してはダメ!怒ってはダメ!察しろもダメ!見て分かるだろうは絶対にダメ!1から10まで、余す事なく説明する事が必要だ。


「いや……だからやめて、その残念な子に送る同情の視線。本当に俺は神だから。ここも天界だから。おじさんは間違えて俺が殺しちゃっただけだから」


「うんうん、そう言うゲームなんだね。前に聞いたゲームと一緒だね。異世界で……なんだっけ……ちーず、じゃなくて、ちーとだったかな?その中で私が死んだってわけだね。うんうん……ん?死んだ?」


なんとなくピンときた。

手を見る。手はある。

身体を見る。上半身はある。

頭を触る。頭はある。なんか頭の上に浮いてるけど。

もう一度身体を見る。下半身がない。出来損ないのソフトクリームみたいになっている。


「…………………………死んでいる⁉︎」


「だーかーらー、そう言っているでしょ?おじさんは俺が間違えて殺しちゃったの」


「は?どう言う事だね。山根君!私は山根君に殺されたのかね?殺人はだめだよ。さすがの私だって対処できないよ?チューブファイルと違って隠せないよ?始末書だって…あ、これは警察案件だね?一緒に警察へと行こう。自首するなら付き合うよ!」


「だーかーら!現実見て?おじさんはグサって刺された?それともグエって首でも絞められた?それともバーンって撃たれた?あ、日本に拳銃ないか……」


刺された……記憶はない。

首は……絞められてないな。

拳銃なんて……生まれてこのかた見たことない。


「最後の記憶…………確か、私は車に乗って……」

「目の前が真っ白になったでしょう?覚えている?覚えてない?」

「真っ白に……なった」


愛車のMINIに乗って、エンジンを入れて、ギアをドライブに入れようとして……そして目の前が真っ白になった。


「でしょう〜?あれね、俺が間違って隕石落としちゃったの?ごめんね〜、テヘペロ〜、やべ、これ古いっての!」


「い……隕石って、山根君は何をやっているんだ!いや……山根君じゃないのか」


良く見たら、なんか後ろが光っているし、そして今更だけど、本当に今更だけど!神々しい……気がする?無宗教だから分からんな!うん!


「隕石……とは、それだと私の車以外にも被害が……」

「そこは大丈夫!俺は神だからね。咄嗟に気付いて、おじさんのお陰で世界が無事だったって設定にした!元の世界でおじさんは大英雄だぜ〜。すごいっしょ?さすが俺!さすが神!」

 

自称神様(?) は、舌をぺろっと出して、ピース&ウインクだ。なんだか本当に山根君みたいだ。まったく反省が見えない。


「まぁ、世界に被害がないなら良いですよ」

「おや?淡白だね?死んで悔しー、とかないの?」


「まぁ、天涯孤独の身ですしね。最終的には独居老人になって、死体で発見されるんだろうなぁ、と常々思っていたので、人の役に立てて何よりです」


気掛かりがあるとすれば、チューブファイル1000冊の行方だ。あちらこちらの倉庫に隠してしまったから、気が付かれないかも知れない。


「ふむふむ、それは寂しいね。では俺が、お詫びがてらプレゼントをしよう!」

「……はぁ、天国にでも行かせてくれるんですか?」


「天国も、地獄もないよ。それは人が作り出した幻想だね。俺がおじさんにプレゼントするのは、異世界転生!チートつき!やったね‼︎」


ちーと……山根君が良く言っていたやつだ。地球とは違う世界に転生して、そこで特別な力を得て、そして無双するんだと。山根君はごちゃごちゃ言ってたけど、要約するとそんな感じだ。うん。


「必要ありません。私はもうおじさんですし、どうせ生まれ変わるならミジンコになりたいです」


NOとはっきり言うことが必要だ。曖昧な返事は全て肯定に取られる。山根君が取った勧誘の電話で、『結構です』と言ったら、沢山のみかんが届いた。本当に彼は碌なことをしない。


「えー、そんなこと言われても、もう決めちゃったし……しかし、ミジンコって……ププっ、そんなのに生まれ変わりたいって人間初めて」


自称神様は腹を抱えて笑い出してしまった。なぜミジンコはダメなんだろう。ミドリムシの方がよかっただろうか。


「まぁ、人間ではないから安心して!違う世界を救う役目?……うーん、神?じゃないけど大事な存在ってことで――OK?」


なにがOKなのか全然分からない。間違って殺しておいて、しかも要望も聞かず勝手に転生させて、あげく世界を救うってなんだ。私はできればひっそりと光合成をし、分裂して、何も考えないで生きる単細胞生物になりたいのに!


だけど山根君にそっくりな神は、そっくりなだけあって人の話も聞かないし、汲み取ることもしないらしい。


「じゃあ、おじさん、頑張ってねー」


ばいばーいと神様が呑気に大きく手を振ると、身体がギュンと落ちる気配がした。トイレに流されてるいるう◯こ自主規制みたいだと、思ったのを最後に、私の意識は閉ざされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る